中島卓偉の存在
卓偉を知ったのは知人の紹介だった。卓偉ファンだった知人はいつも車で卓偉の曲をかけていた。でも好きな傾向が友人と違う私にとってはいつも車で聴く曲という感覚だった。そんな私が知人の誘いで何をその時感じたのが名古屋の遠征に同行する事になった。初めて生の卓偉をみたのは名古屋ELLだった。卓偉の歌を生で聴いてすぐ引き込まれてしまった。キレイな歌声、パワーのあるステージ。CDの何倍と言ったらいいかわからないくらいすごかった。けれどその時は知ってる曲も少なかったし歌詞も覚えてなかったしノリ方もわからなかった。歌詞のわからない一緒に歌わない私は卓偉に睨まれたように感じてツアーグッズのうちわで口元を隠してた。私は大阪に帰ってから卓偉の曲を自分から聴くようになった。そしてまず歌詞の世界にハマった。切ないけど、孤独なんだけどそれだけじゃない少しの光を求め続ける世界にのめり込んでいった。カラオケでは男性曲を歌わない私が卓偉の曲ばかり歌うようになった。ファンクラブにも入った。関西はもちろん東京や中四国にも遠征した。ひとり遠征もするようになった。自分で卓偉が好きなのはわかっていた。でも今回、死にかけた事でそれを強く感じた。意識がハッキリした時に最初に思ったのは卓偉の秋のツアー行けないんかなって事だった。少し前まで死にかけていたのにチケットの番号まあまぁ良いのにとそんな事を思ってる自分がいた。そしてもしもの事があったら卓偉の曲で送られたいと思う自分がいた。私って自分が思ってる以上に卓偉が好きやんって思った。人工呼吸器をした個室で夕方ひとりで卓偉のNEVER FADES AWAYを聴いて涙が止まらなくなった。私、これからどうなるんやろ…こんな管だらけ、人工呼吸器と点滴で生きてる。それが自分が望んだ生き方なのか…ホンマにいいのか…色々な事がグルグルした。そして少し元気になった今…今夜も寝る前の曲として卓偉を聴いている。やっぱり私にとって心に響く歌声なんだ。