私の家は11階建ての5
階で危ないってことで中
には入らせてくれなかっ
たけど中は酷かったらし
い。

その後家は住める状態じ
ゃないのでおばあちゃん
の家に行くことになった。

向かう途中道路に亀裂が
あったり津波の後があっ
た。

そして、初めて水と食料
の危機を感じお腹がすい
ても食べる気がしなかっ
た。

町の明かりも信号もなく
まるでゴーストタウンみ
たいだった。


20:30
おばあちゃんの家に着いた。

電気はもちろんつかない
ので懐中電灯。

暗い中ストーブでお餅を
焼き食べた。

阪神淡路大震災の180倍
(実際1450倍)、世界最大
級、観測史上最大と言わ
れても私はまだ実感がな
く余裕があった。

だけど、次の日から段々
状況が分かることとなり
ました。
私は茨城県に住んでいて
今回の地震は生きてきた
中で1番パニックになっ
た出来事でした。

電気も通ったので、今回
の地震を一通り書きます。


地震3.11


11:00
朝洗濯を干して友達と遊ぶのに出掛けた。

11:30-13:45
ガストでいろんなことを
しゃべって出た。

14:00
プリクラをとる。

14:40
調度停まっていたバスに
乗る。

14:46
バスの中で平成23年東北地方太平洋沖地震発生。

バスが尋常じゃないほど
揺れた。友達と互いに腕
をつかみ合っていた。

14:55
本来行こうとしていたカ
ラオケやダーツなどがで
きる店の最寄の停留所で
降りた。

だけど、町が崩れていて
店なんか入れるわけもな
く余震も大きかったため
近くの大きめのスーパー
の駐車場に避難すること
にした。

そのスーパーに向かうま
でに窓ガラスが全部割れ
ている店や塀が壊れてい
る家があり人は皆外に出
ていた。

話かけて来てくれたおば
あさんの家はめちゃくち
ゃと言っていた。

スーパーの駐車場にいる
が何をすればいいか分か
らなかった。

誰にも連絡はつかない。

寒いし、さっきの大きな
地震を思い出すと何回も
血の気がひいた。

15:30
奇跡的に母の車がその駐
車場にあるのを見つけた。

母が近くで働いているの
は知っていたが、どこで
働いているかも分からな
かったし車を駐車してい
るところなんて知らなか
ったのに見つけることが
できた。

しかも、母はいつもは違
う場所に停めるのだがそ
の日に限ってそこに停め
ていたらしい。

16:00
母が車に来た。

そのあと信号の電気がつ
いていない道路を通り友達を家に届けた。

そして、中学校にいた弟
を迎えに行き、仕事に行
くため家を出るところだ
った父のいる家へ一度戻
った。



(2)へ




今日はずーっと部屋の片

付け漬け汗



東京に住むので

今まで使っていた部屋の

いらない物は捨てて

持っていく物はまとめ

を繰り返し続けていると





なんと小学校時代の

自作のアルバム発見目!?






見てみると・・・

いろいろと衝撃的雷


glicopowerさんのブログ-110310_2200~01.jpg

まず『くまの子ウーフ』

全く覚えてない

当時2年生だった私は

あらすじに

「ツネタにタマゴをとられたけどさいごは元気になるお話でーす。」

って略されすぎて

もはやわからない(゚ω゚?)


感想は

「くまの子ウーフのたまごをとられたウーフがかわいそうだと思います。」


こちらも文がおかしい


2年生にもなって馬鹿だ

と思う反面カワイイなっ

て思っちゃったねにひひ






他にもいっぱいあるけど

今回は1つだけで音符




では、さようならパー