【奮えるサムライの話】


ムシャブルイ。


男は短めの足で『女子』の側に近付いた。
男は遠慮のない大きめな鼻で深く息をした。
男は隙歯を潜めた口で女子に話し掛けた。


『すんません。これ、受け取ってくらさい。』

緊張していた。
『ください。』を『くらさい。』と言ってしまうぐらい緊張していた。
男は無駄に大きい手で電話番号を記入したメモ用紙を女子に渡した。
男は薄くなった前髪を隠す為の帽子を深く被り直して女子の前から姿を消した。

男は興奮を抑えた声で、私に電話で『勝ち込んで来た!』と言った。
私は思った。
『まだ、勝敗は決まってない。』

翌日から男は必要以上に携帯電話を開けたり閉めたりしていたが着信はない。
まだ春は遠い。

女子は思うだろう。

『ひやかされた』と思うだろう。
男が女子にメモを渡した日はエイプリルフール。

やはり天才は違うなぁ。


男がメモに書いた事は『自分の電話番号』と『迷惑やったら捨てて下さい。』というメッセージだった。

『名乗るほどの者ではございません。』って事かなぁ。
男はメモに『名前』を書いていなかった。


やはり天才は違うなぁ。