　話が複雑化しているような気がするので、今問題にしていることを軽くさらっておく。タイムパラドックスにかかわる、相対論の主張は次の三つだった。

1：速度を上げるに従ってそのものの内的時間は進み方が遅くなる。

2：光速度で動く質量を持ったものは内的時間が停止する。

3：そして光速度を越えると時間が逆行する。

　それらに対して、通常概念から、以下のような仮定をし、考えてみるということだ。そしてこれらのことは、異論の余地なく正しいと、私は思う。

　1：もし光を送ったとき、距離は片道10光年なのだから、往復20年掛けて戻ってくる。

　2：次に、光よりも速い信号を送る。これは確かに20年後よりはもっと前に戻るが、放出する現在よりは後になるだろう。決して放出時点をさらに遡った昔に戻ってくることはない。

　3：信号が無限大の速度を持ち得るなら、放出と同時に信号を受け取ることができる。

　4：光よりも遅い信号の場合、もちろん20年後をさらに超える未来に地球に戻る。

　その項目2の最中であった。「光よりも速い信号を10光年かなたの反射装置に送る。これは20年後までは行かない未来に戻ってくるが、射出時点を遡ったりするわけではない」が言うのは、往路のみで考えればわかることだが、光より速い信号は光よりも速く目的地に到着する、という単純な事実である。この信号は下図の矢印ように描かれる。

　これはまさに通常の時間感覚では未来に属するが、相対論では過去という意味を持たされた領域の中を進むのだ（これが折り返し、私の時間軸に向かってくる場合の考え方は、さらに複雑なパラドックスを一見もたらす）。決してx軸よりも下の領域に進むわけではない。先回りして言うなら、x軸よりも下の部分は原点に向かってくる動きしか描きこめないはずなのだ。宇宙の構造がそうなっている、と言うのではなく、これは単なる図面に対する定義なのである。相対論自身が下した定義なのであって、私の主張ではない。先ほど、Bの持つ性質は通常の時間概念に頼らなければ生ずるはずがないと書いたが、それがここに現れている。点Pは、もし描きこんだら私に向かってくることしか出来ないのであり、領域Bには私から離れてゆくものしか描けないのだ。向かってくる、離れてゆく、という言葉を使っているが、これは単純に「過去に属する」「未来に属する」と言うべきものである。つまり実は（相対論内では）本来あるはずのない絶対時間による区別を最初から想定している。

　図は光円錐だけにした説明になる。先の基本図で言うなら、上向きに口を広げる円錐はA領域、下向きのそれはD領域ということになる。これは将来ある場所で超新星爆発が起きることを示している。その余波としての放出物は、我々の方(くびれた部分、つまり現在であり距離はゼロである)に向かってくるものもあり、遠ざかるものも当然あるだろう。前者をm、後者をnとして上半分に描きいれてみたが、これで正当であるように一見思える。しかしながらこのmは下半分にm’として描いたような書き方しかできないのだ。超新星の飛沫物が未来から飛んでくるわけはなく、私たちが見ることができるのは過去からの飛来物なのだから、当然そうなる。もちろん下半分に遠ざかる動きは描けない。これでは超新星爆発が過去の出来事になってしまい、時間の前後関係が無視されるのでいよいよ正確さから遠くなる。未来の爆発がさらに未来に飛来物をもたらすのであるから図が正しいような気もするだろうが、その爆発の同時刻は決定できないということが相対論の前提であるので、それは明らかにおかしいのだ（これは後で分かり役説明する）。つまり超新星の爆発点の全体像は光円錐に表現することはできないのである。しかしながら、遠い将来に超新星の爆発というイベントがあったとして、それを目撃することは可能であるのは明白ではないか。

　何度も繰り返すように、光円錐の図が相対論を十分に反映していないのか、相対論の主張が間違っているのか、この一連の議論だけでは明確ではないかもしれない。しかし次のことに気づくと、これは後者であることがわかるだろう。すなわち、この光円錐の内部で起きることに関しては、全く同じ地点、たとえばA領域（光円錐の内側）に、通常の世界観（y軸をctではなく単純にtと置く世界観）で同じ事件を描けるということだ。そしてそちらならば、爆発による放出物はきれいに未来の領域に描きこめる。また、光円錐の外側に爆発を置くことも可能である。

　光円錐の内部が理不尽であるのは、現在と同時国である領域が、その外部に描けないためではないか。つまりくびれの部分の一点しか「同時刻」は存在しない。そのため、通常概念で同時刻ははっきり定義できるのに、無理に内部に取り込むしかなくなる。

　光より速い信号を想定しているがゆえに、最初の図の「光より速い信号」の線分がありえない、ひいてはこの領域があり得ない、とする意見はどうだろうか。しかしそれは、たとえば今こうしている間にもアンドロメダ大星雲中で超新星の爆発が進行中かもしれない、遠くの暗黒星雲の中に星が誕生しつつあるかもしれない、などといった記述が無意味だと宣言することだ。最近話題になったことのひとつに、オリオン座のベテルギウスがすでに爆発してしまっているかもしれないということがあった。ベテルギウスは輝度の著しく変化する1等星だ。その脈動状態は爆発間近であること不安定さにあるとされる。私が子供の頃に読んだ本ではベテルギウスまでの距離は800光年であるが、もしかしたら若干違う数字になっているのかもしれない。いずれにせよ、800年のタイムラグがある。つまり、すでに爆発していて、その映像は今虚空を渡っている最中かもしれないということだ。相対論を信奉するはずの天体物理学者が平気でそういうことを言う。それが相対論では矛盾であることには気づきにくいのかもしれないが。でもこの無意識の発言は一般的な時間概念なのである。

　宇宙が広がっている限り、Bの領域の中に何かの事象は存在するはずだ。A、D、それぞれの領域が意味するのは、ある時間内に私に影響を与えたり与えられたりする事象の集合だった。しかし宇宙には「ある時間内に」影響を与え合うことはできないが、いつだって確実に何らかの事象が発生しているはずで、そこまで否定することは科学的思考の範疇にはあり得ないことではないだろうか。

　光円錐の欺瞞がここまで述べてくると明らかになるのではないだろうか。それは私のいる場所から次第に遠ざかるもの、私のいる場所に向かってくるもの（つまりヘルマン・ワイルの言う操作的な時間概念）しか描き得ないのに、全宇宙の事象がそこに含まれているかのような見かけになっているのだ。つまり、この図を使った分析は、その二通りの動きがすべての物質の動きであるかのごとくに説かれるわけだ。

　定義はあくまで形式的な議論だから、それ自体が間違っているということは基本的にはない。これは一見奇妙な考え方のようだが、たとえば霧と靄の違いは自然が決めてくれるわけではなく人為的に定義するしかない。定義の提供する概念が余りに自然そのものと食い違っている場合にはもちろん問題がある。例えば水の融点が摂氏零度、沸点が百度なのは、もちろん偶然の出来事なのではなく、定義による決め事だからだ。しかしこれが同じ気圧の下でもたびたび変動するようであれば定義として使い物にならない。

　そこまでの不都合がなければ後は定義どおりに言葉を運用するだけということになる。すなわち相対論が「未来」と「過去」に日常感覚とは違う定義を与えても、それを守ってくれさえすれば何の不都合もありはしない（もちろん逆に日常感覚の側も定義自体が間違っていると非難されるいわれはないのではないだろうか）。しかしそれは極めて怪しいことだと気づく。まず、「相対論では過去に属するが、日常感覚では未来になる」領域が存在するなどという話を私は聞いたことがない。できるだけたくさんの文書を読んだつもりだが、それらしき記述には巡り合わなかった。余り着目されていないのだろうと推測する。つまり定義とその運用に無頓着なのだが、この場合問題になるのは、相対論の側が、日常感覚のほうこそ言葉の定義を間違って運用していると考えることなのである。

　相対論による過去、未来の定義は科学的で正確である。これに反して、日常感覚のそれは、直感という不明瞭なものに頼っており、非科学的で頼りない。これが大方の見方なのだろう。しかしこれは本当なのか。ミンコフスキー座標において、x軸は通常感覚と同様、相対論でも原点に対する同時的空間だ。これは何を意味するのか。私は出来るだけ哲学的に語ることを排除しようと努めてはいる。語らずに済むのならそれが最良であり、やむをえなければ註の形で書き置きたいと思う。しかしここでは哲学的であることは避けられないかもしれない。同時的空間とは、時間のない世界を想定することである、と私は思う。純粋な空間という観念で世界を一気に把握するという想像である。その想像に対し後付で定義を与えることは可能だが、たとえそれが科学的な理論であっても、元の直感に対し遡って根拠を与えることはできない。根拠を与えるのは直感の側なのだ。私がここでいうのは、相対論がもっともらしく同時を定義してみせても、それは日常的な同時という直感の言い直しにすぎないということだ。

相対性理論批判の新しい形

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第二十五回