阪神大震災のとき、よく聞いたのが

 

”がんばりや”!”

 

というのは、これ以上、どうやってがんばればいいんだ、

 

という反感を覚えた

 

という話。

 

だから、私は、”がんばりや”!”

 

は、なるべく使わないようにしようと決めた。

 

がんばっているね

 

なら、いいように思えたけど、何となく上から目線のような気もするし

 

一生懸命

 

というのも何となく抵抗感がある。

 

命を削っているような強制力のあるイメージかなあ。

 

今のところ、私は

 

”精一杯”

 

ということばに落ち着いている。

 

聴く人がきけば、まだ余力があり、甘えがあるように感じるかもしれないなあ、

 

ことばって、難しいですよね。

 

話し手、聴き手の環境によって

 

同じ言葉でも、まったく異なるイメージになるし、

 

場合によっては逆の意味にとられかねない。

 

ことばの面白さ、怖さは、

 

友好や勇気づけの道具にもなれば

 

傷つけ、争いの根源ともなる。

 

 

 

”いまを精一杯いきること”

 

今、この瞬間を、与えられた環境の中で、精一杯生き抜くこと、こそが

 

人生で最も大切なこと

 

というか、

 

それしかできないような気がする

 

行動することが

 

称賛されるが

 

何もしないという行動

 

もあるんだよね。

 

精一杯 の 精の意味は、goo辞書によれば

 

1 玄米を白く清らかにする。しらげる。「精白・精麦・精米/搗精 (とうせい) 」
2 不純物を取り去り良質なものにする。よりすぐる。よりすぐったもの。「精鋭・精華・精粋・精髄・精製・精選・精肉・精兵・精油・精練/酒精」
3 雑念がなくひたすらはげむ。「精勤・精励/丹精」
4 念入りでこまかい。くわしい。「精巧・精細・精粗・精緻 (せいち) ・精通・精読・精密」
5 人間の活動のもとをなすもの。「精気・精神・精力」
6 自然物に潜むとされる霊。「精霊/妖精 (ようせい) 」
7 生殖のもとになるもの。「精液・精子/射精・受精・夢精」

 

つまり、3雑念がなくひたすらはげむ 気持ちで取り組むこと。

 

 
雑念というのは、まだできるけど、これくらいしておいたら、
 
評価されるだろう
 
という、他人の目を気にすること。
 
だと思っている。
 
自分が、やりたいと思えば他人の評価を気にすることなく純粋に
 
とりくめばいい。
 
ただ、その結果については、自分で責任をとりましょう。
 
ということだと思います。
 
だから、私は
 
”自分に正直にいまを精一杯いきること”
 
という生き方をしています。