2010年12月12日 日曜日



先週、ある大きな判断をした。

ある政党からの次の統一地方選への出馬要請をお断りした。


既に数週間前にお断りしていたものの、再度強くプッシュされ、最終的に先週お断りした。

私などに期待を寄せてくれ、評価頂き、推薦して頂いた方々には申し訳なく思っている。


お断りした理由は大きく2つある。


まず、ビジネスと政治のダイナミズムの違いである。

ビジネスはQCD(品質、コスト、期限(スピード))の全てにリーチを掛け、究極を求めることにより、ビジネスの成功をみる。

それと比して、政治は、コスト感覚なし、スピード感なしである。品質は良く分からない。


次は、政策的な思想が異なること。

誤解を恐れずに言ってしまうと、私は格差はあって然るべき自然の摂理だと思っている。

努力しリスクを取り成功したものが富み、努力せず、リスクも取らず、成功を目指さないものが富まないのは当たり前といえよう。

日本国民である私どもの大先輩は、戦後、敗戦の悔しさや欧米との経済格差という現実を目の当たりにし、死に物狂いで努力したことから、今の日本の豊かさがある。

努力して、リスクテイクして、成功して、更に努力する。

競争原理の中で、必要なものが生き延び、不必要なものが滅びる。これは、氷河期に生き延びた西部とと絶滅した恐竜と似たようなものだ。

つまり自然とはそのようにできているものだ。

こんな考えはあまり言えそうにない。


最後はやはり面白み。かなと。


しかし、お断りした。

ビジネスに退路を断ったことを意味する。

より努力し、より成長したい。



古見







2010年12月9日木曜日



起業の慌ただしさの中で、起業のためのタスクに没頭される自分がいる。

初心を忘れてはならない。なぜ起業したのか、自分が何を考え何を成し遂げたかったのか思い出してみた。

何回かに分けて書きたいと思う。

まずは、地方に興味を持ち始めたきっかけから書きたいと思う。


2005年ごろ、ベリングポイント(現在のPwC)の公共事業部である中央省庁のIT政策立案のご支援をさせて頂いた。

NTTをはじめとする大手IT企業のレガシーシステムを排除し、オープンで透明性の高い、かつ廉価で戦略的なシステム導入を進めるべく反体制派として使命感に燃えて仕事をしていた。


当時、ベリングポイントの公共事業部では、中央省庁一辺倒だった顧客セグメントを広げ、地方自治体、独立行政法人へとビジネスの幅を広げたるという経営方針を固めて、地方自治体へのビジネス展開について私に事業開拓を行うよう指示があった。

元々父親が地方公務員出身で地方の市議会議員をしていたこともあり、地方自治、地方活性化というものに興味を持っていたこともあり、二つ返事でその指示受けれた。


地方自治体のビジネス獲得は非常に困難者だった。

地方ごとに特色があり、いわゆる役所ビジネス(つまり公共事業)の獲得は地域性を理解した営業をかけなけれならない。

コンペは負け続けた。9連敗。明らかな談合や知名度不足による惨敗、提案負けなど燦々たる状況で、一時は責任を取って辞職することも考えた。


そんな状況の私を常に励ましてくれた当時の上司(私にとってビジネスの入口に導いてくれた恩師であり、当時兄のように背中を追いかけていた方)は、常にあきらめずに私を見守っていてくれたことを本当に感謝している。


転機は、2006年の夏であった記憶しているが、世界的なITリーディング起業のM社の公共の執行役員である方から自治体のコンペを紹介された。

鳴門市という徳島県の人口7万人の小さな自治体おCIO補佐の公募だった。当時中央省庁ではCIO補佐官などの登用を進めていたものの、地方自治体では非常に珍しい例といえる。


そこのコンペは運良くWinすることができ、無事初仕事を頂くことに成功。

初顔合わせの市長、副市長さんとの仕事がのちの私のコンサル人生に大きな影響を与えることになる。


鳴門は鯛やわかめなどの海産物が有名で、後忘れてはいけないのは渦潮と大塚美術館だろう。

あのポカリスウェットの大塚製薬の出自が鳴門である。

地方の良さや各所の紹介は別のブログに譲る事とするが、非常に人情があり、きれいな街だった。


鳴門で気づいたのは地方には地方の文化や良さがあるということ。(当たり前だが)

東京のような大都会で経済的に恵まれて、物が溢れていることで充足することとは違う充足感を得ることができた。

この充足感を守りながら更に発展していくことはできないものだろうかという思うようになった。

それから、私のライフサイクルは地方活性化の実現に傾けられていくことになった。



GLAVIS

2010年12月7日火曜日


本日17時に、無事新会社の登記が完了した。

社名は「GLAVIS Architects Inc.」とした。

「GLAVIS」は「Globalization and Local Activation」(グローバル化と地方活性化の融合)と「to create Value for Intelligence and Strategy」(より戦略的な、より知的な価値の形成)という、経営理念を造語としたものである。

また、Architetctsとは、一般的には「建築士」などを指すことが多いが、「体系化する者」「具現化する者」「実現する者」という意味で使っている。


会社設立にあたり、私の所信を記しておきたい。


長きにわたりコンサルティング会社で、地方自治体、地方活性化に関するコンサルティングを行っていたこともあり、東京対地方、大企業対中小企業といった二項対立現象を打破し、より有機的にランダムにN対Nでビジネスが広がり形成される社会を作り上げたいと常々考えている。

国など行政機関は、「格差」を是正するために、様々な地方活性化策を打つがどれも決め手になっていない。

それはなぜか。これは私の根本的なビジネススタンスを形成している思想であるが、「地方が悪い」と思っている。

国からの交付金、補助金に頼った経済構造から脱出できず、田中角栄時代の「日本列島改革」の呪縛霊に未だに執りつかれたままである。この時代に形成された建設業界の労働集約的なピラミッド型ビジネスモデルは日本のあらゆる産業に伝播し、現在の産業構造を作り上げている。IT業界しかり、製造業しかり、情報通信業しかり、放送業界しかり、である。大手から下請け、孫請けと利ザヤを抜かれ、牙まで抜かれ、ビジネス的闘争心、自立自尊の精神まで抜かれてしまう。。

この構図、精神が産業、地方に根付いてしまい、そこから脱出できないことが、地方活性化を妨げている一番大きな要因と考えている。

まずは地方が自らの「Intelligence」を駆使し、ゆるぎない「Value」を形成するために立ち上がるべきではないか。

だから、私はあえて地方に拠点を構えた。


これまでも、多難だったが、これからは更に多難だと思っている。

しかし、上で書いた理念、所信を常に忘れることなく、立ち向かっていきたい。


私にとっての成功とは、地方や中小企業がグローバルに活躍できる新しい産業構造、社会を作り上げた時だ。



古見