たったひとつの冴えたやりかた/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
タイトルと表紙を昔から知ってはいましたがようやく読みました。普通はなかなか触れる機会のない本と思いますので、堂々とネタばれいきます。
宇宙旅行が当たり前になった時代。16歳の才気溢れる少女が冒険に憧れて未開の宇宙を目指す。彼女が一番興味があったのは異星人とのファーストコンタクト。旅の途中で彼女は念願の初めて見るタイプのエイリアンと友達になるが…という物語。
外枠は何処かで出会ったことがありそうなお話。きっとこの話に影響を受けて作品を作った方も多いからなのでしょう。
でもこの物語、私は最後がとても衝撃的でした。こうやって終わるなんて思いもよらなかったのです。
主人公の少女は子供らしい好奇心と無鉄砲さがあるけど、本当に頭が良くて真っ直ぐな良い子です。一人で宇宙を探検する勇気があって、肉眼で見ることはできないエイリアンに寄生されてもパニックを起こさない程の落ち着きもあります。彼女は自分に寄生したエイリアンと友達になって、未知の星に着陸しどんどん目的を遂行していきます。
彼女の行方を緊張しながら見守る調査員も私も、聡明な彼女には栄光の未来が待っていると確信していました。
でも、彼女が家に帰ることはできなかったのです。
少女の冒険はハッピーエンドで終わらない。ここにこの物語の深さがあると思いました。
少女が友達になったエイリアンは諸刃の剣でした。冒険を終えて後は帰るばかりだった少女。しかし唯一の道連れの友人が、帰るまでの長い距離を跳ぶ間に正気を失い彼女を食べてしまうと告白します。彼女達は余りに遠くに来てしまいました。助けを求められる大人も周りに誰もいないのです。
この冒険の間に友人の生態をよく学んだ少女は現実を受け止めて、自らの本能を嫌悪し嘆き悲しむエイリアンに言いました。
「じゃあ私達はそうできるうちにお互いさよならを言っとくほうがいいんじゃない?私はこれから何があっても、私達の間に友情があったことを忘れない。私達はずっと親友よ」
「それからもしあんたがこれからあたしになにかひどいことをしても、あたしはそれがほんとうのあんたじゃないって知ってる。それはあたしたちふたりの違いから生まれた、たんなる偶然の事故なんだから」
そして少女は今までの冒険を記録したメッセージを流して徐々に体を蝕む友人と二人、太陽に進路を取りました。
少女が憧れていた宇宙開拓時代のヒーローが仲間を逃がす為に自分が犠牲になった時「これがたったひとつの冴えたやり方なんだ」と言います。
少女も選択をしたのです。この「たったひとつの冴えたやり方」を。
こんな若くて元気な少女を主人公にした物語がまさかこんな展開になるとは!
彼女は悪人ではありませんでした。ただ無邪気な好奇心と憧れのままに、少しだけ親の言うことを聞かなかっただけ。しかしその代償は余りに大きかったのです。
けれど彼女は短すぎた人生を精一杯生きて生涯の友を得た。彼女自身はもしかしたら等価交換ぐらいに思っているかもしれません。
…なんとも切なくほろ苦いストーリーでした。
これだけで十分感じ入るお話ですが、更に呆然としたまま読んだ訳者の解説が強烈でした。この物語は考えれば考える程、奥深いものだったのです。
この原作者の方は訳者がまだこの物語を翻訳している最中に亡くなってしまったそうです。作者の作品女性はもう70歳を越えるご高齢でしたが病気で亡くなったのではありませんでした。なんと、アルツハイマーで寝たきりだった最愛の旦那様を射殺、自らも頭を銃で撃ち抜く、という壮絶な無理心中。
訳者の方はご自身の思いを”老い”と”死”に触れた部分が嫌でも目について平静な気持ちで訳せなかったと書くにとどめています。しかしこの解説を読んでからこの物語を思い返すと、私の中でも散りばめられたエピソードが少しずつ重くなってゆくのです。
作者のご夫婦は大変仲睦まじく、お互いの間にはかねてから自殺の取り決めがあったそうです。
私の祖父も昔そうでしたが、旦那様の患っていたアルツハイマーという病気は、親や子供のことさえも忘れてしまう酷い物忘れの病。脳の病です。少女の親友のエイリアンは少女の脳に寄生していました。
物語の少女はこう言いました。
「私達がそうできるうちにお互いさよならを言いましょう」と。
原作者の人生の最期もこのとおりであった気がして、私はなんとも落ち着かない気分になりました。
そして少女はこうも言います。
「なにがあっても忘れないで、あんたほど大好きなともだちはいなかったよ」
この物語から得られる物は大変多い気がします。教科書に載ってもいいぐらい!
実際にこの物語は架空の大学で司書が学生にこの物語を教材として貸し出す、というところから始まります。なんて脳の皺が増える物語なのでしょう。やっぱり昔から残っている名作は違います。
あ、念のため、私はこれで自殺を肯定するつもりはありません。むしろこのお話は自己犠牲へのアンチテーゼであるとも思います。辛くて辛くて命を絶とうと思ったその時に、
本当にそれが「たったひとつの冴えたやり方」なのか。
自分がちゃんと「冴えて」いるかどうか。
考えるべきではないだろうか。
そして自分が老いた最期のその時に、愛する人と納得のいく大往生をした原作者様が私は少しうらやましい。それだけ信じあえる人と人生を歩んで来れたなんて素敵です。
どうか安らかに。
で、これを読んでる最中にディスパさんからラブパのメールが来たんですよ。正直、心中それどころではなかったわけですけど、なんとかチケットとりました…。なんというタイミング( ̄ー ̄;
タイトルと表紙を昔から知ってはいましたがようやく読みました。普通はなかなか触れる機会のない本と思いますので、堂々とネタばれいきます。
宇宙旅行が当たり前になった時代。16歳の才気溢れる少女が冒険に憧れて未開の宇宙を目指す。彼女が一番興味があったのは異星人とのファーストコンタクト。旅の途中で彼女は念願の初めて見るタイプのエイリアンと友達になるが…という物語。
外枠は何処かで出会ったことがありそうなお話。きっとこの話に影響を受けて作品を作った方も多いからなのでしょう。
でもこの物語、私は最後がとても衝撃的でした。こうやって終わるなんて思いもよらなかったのです。
主人公の少女は子供らしい好奇心と無鉄砲さがあるけど、本当に頭が良くて真っ直ぐな良い子です。一人で宇宙を探検する勇気があって、肉眼で見ることはできないエイリアンに寄生されてもパニックを起こさない程の落ち着きもあります。彼女は自分に寄生したエイリアンと友達になって、未知の星に着陸しどんどん目的を遂行していきます。
彼女の行方を緊張しながら見守る調査員も私も、聡明な彼女には栄光の未来が待っていると確信していました。
でも、彼女が家に帰ることはできなかったのです。
少女の冒険はハッピーエンドで終わらない。ここにこの物語の深さがあると思いました。
少女が友達になったエイリアンは諸刃の剣でした。冒険を終えて後は帰るばかりだった少女。しかし唯一の道連れの友人が、帰るまでの長い距離を跳ぶ間に正気を失い彼女を食べてしまうと告白します。彼女達は余りに遠くに来てしまいました。助けを求められる大人も周りに誰もいないのです。
この冒険の間に友人の生態をよく学んだ少女は現実を受け止めて、自らの本能を嫌悪し嘆き悲しむエイリアンに言いました。
「じゃあ私達はそうできるうちにお互いさよならを言っとくほうがいいんじゃない?私はこれから何があっても、私達の間に友情があったことを忘れない。私達はずっと親友よ」
「それからもしあんたがこれからあたしになにかひどいことをしても、あたしはそれがほんとうのあんたじゃないって知ってる。それはあたしたちふたりの違いから生まれた、たんなる偶然の事故なんだから」
そして少女は今までの冒険を記録したメッセージを流して徐々に体を蝕む友人と二人、太陽に進路を取りました。
少女が憧れていた宇宙開拓時代のヒーローが仲間を逃がす為に自分が犠牲になった時「これがたったひとつの冴えたやり方なんだ」と言います。
少女も選択をしたのです。この「たったひとつの冴えたやり方」を。
こんな若くて元気な少女を主人公にした物語がまさかこんな展開になるとは!
彼女は悪人ではありませんでした。ただ無邪気な好奇心と憧れのままに、少しだけ親の言うことを聞かなかっただけ。しかしその代償は余りに大きかったのです。
けれど彼女は短すぎた人生を精一杯生きて生涯の友を得た。彼女自身はもしかしたら等価交換ぐらいに思っているかもしれません。
…なんとも切なくほろ苦いストーリーでした。
これだけで十分感じ入るお話ですが、更に呆然としたまま読んだ訳者の解説が強烈でした。この物語は考えれば考える程、奥深いものだったのです。
この原作者の方は訳者がまだこの物語を翻訳している最中に亡くなってしまったそうです。作者の作品女性はもう70歳を越えるご高齢でしたが病気で亡くなったのではありませんでした。なんと、アルツハイマーで寝たきりだった最愛の旦那様を射殺、自らも頭を銃で撃ち抜く、という壮絶な無理心中。
訳者の方はご自身の思いを”老い”と”死”に触れた部分が嫌でも目について平静な気持ちで訳せなかったと書くにとどめています。しかしこの解説を読んでからこの物語を思い返すと、私の中でも散りばめられたエピソードが少しずつ重くなってゆくのです。
作者のご夫婦は大変仲睦まじく、お互いの間にはかねてから自殺の取り決めがあったそうです。
私の祖父も昔そうでしたが、旦那様の患っていたアルツハイマーという病気は、親や子供のことさえも忘れてしまう酷い物忘れの病。脳の病です。少女の親友のエイリアンは少女の脳に寄生していました。
物語の少女はこう言いました。
「私達がそうできるうちにお互いさよならを言いましょう」と。
原作者の人生の最期もこのとおりであった気がして、私はなんとも落ち着かない気分になりました。
そして少女はこうも言います。
「なにがあっても忘れないで、あんたほど大好きなともだちはいなかったよ」
この物語から得られる物は大変多い気がします。教科書に載ってもいいぐらい!
実際にこの物語は架空の大学で司書が学生にこの物語を教材として貸し出す、というところから始まります。なんて脳の皺が増える物語なのでしょう。やっぱり昔から残っている名作は違います。
あ、念のため、私はこれで自殺を肯定するつもりはありません。むしろこのお話は自己犠牲へのアンチテーゼであるとも思います。辛くて辛くて命を絶とうと思ったその時に、
本当にそれが「たったひとつの冴えたやり方」なのか。
自分がちゃんと「冴えて」いるかどうか。
考えるべきではないだろうか。
そして自分が老いた最期のその時に、愛する人と納得のいく大往生をした原作者様が私は少しうらやましい。それだけ信じあえる人と人生を歩んで来れたなんて素敵です。
どうか安らかに。
で、これを読んでる最中にディスパさんからラブパのメールが来たんですよ。正直、心中それどころではなかったわけですけど、なんとかチケットとりました…。なんというタイミング( ̄ー ̄;
氏みたいにギター置いて歌う曲があったのですが、それも結構素敵でした。マイクが白のヘッドセットタイプなのです。イイ

