Without music, I'm nothing at all.

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全国保養所巡りの旅。

 

旅の行程

 

2025.12.16 出発
2025.12.17 タシケント着
2025.12.18 夜行列車にてウルゲンチ→ヒヴァへ
2025.12.19 ヒヴァ着
2025.12.20 シャバット国境よりトルクメニスタン入国
2025.12.21 ダルヴァザ→アシガバード
2025.12.22 アシガバード→メルヴ遺跡→ファラップ国境よりウズベキスタンへ出国
2025.12.23 ブハラからサマルカンドへ移動
2025.12.24 サマルカンドからタシケント→空港
2025.12.25 日本帰国

 

 

 

12.20 トルクメニスタン入国

国境は写真を撮ってはいけないという情報を入れていたので、

写真はなし。国境越えをする人のために手順を書くと、

まず、ウズベキスタン側の門が9:00に空き、

少し歩いた先の建物で出国手続きをします。

ここは簡単にスタンプを押されるだけなのですが、

この日はウズベキスタンで学ぶトルクメニスタン人の学生の

里帰りの日と被ったとのことで長蛇の列。

列というか、並ぶという概念がないので、人だかり。

私も郷に入っては郷に従おうということでわれ先にと行くも、

イミグレまで行くのに1時間ぐらいかかるカオスっぷり。

出国スタンプを押したらしばらく歩いた先にまた門があって

そこが全然開かない。人で見えないので良くわからないが、

おそらくバスに乗ってトルクメニスタン側に行く模様。

そのバスに乗るための門が全然開かない…。

ガイドからWhatsAppsでもう国境にいるのかどうか連絡があり、

バスドライバーにTouristだと言えという連絡が。

でもそんな状況ではないというか、バスまで辿り着けない。

しばらくすると、門の警備?の兵士がTouristがいるかと叫ぶ。

周りの子供達(多分)がお前はTouristかと聞いてきたので、

そうでーす!と言って人をかき分けて進もうとするも全然進めず。

その次のバスに乗り込むことはできたがそのバスもぎゅうぎゅう。

隣に座ったトルクメニスタン人だかウズベキスタン人だかが

Touristか、そうかそうか、みたいな感じで話しかけてくれた。

ウズベクもトルクメンも人はみんなやさしい。

バスを降りる際に5,000UZSを払ってトルクメン側に行くも

そこも人だかりでよくわからない。

トルクメニスタンの学生たちが彼女はTouristだと言ってくれるが、

兵士もよくわかっておらず、ビザの窓口に並ばされた。

すると、救世主、ガイドのBahtiyarさんが登場。

 

トルクメニスタンは、ガイド同行でないと旅行ができない国なので、

VISAを取得するためには、まず現地の旅行会社でツアーを

探さなくてはいけない(日本の旅行会社でもできるのかな)。

色々な旅行会社があって、国営の会社が安心とか色々情報はあれど、

どこも3日で1,000USDとか850USDとか高いんですよ。

なので、私はIndyGuideというサイトで一番ちゃんとした

メッセージをくれたPermanさんの会社に決めました。

旅程が少し無茶な感じがしたものの、行きたいところに行けそうで、

何よりも、590USDというafordableな値段だったので。

Permanさんの旅行会社のサイトはここ。IndyGuideを経由しない方が安いのかな?

ツアー内容は結構融通利かせてくれる感じ。基本WhatsAppsで連絡を取る。

とにかくLetter of Invitationの取得に時間がかかった(運による)。

 

国境通過の話に戻り、Bahtiyarさんが登場した際、

私がめちゃくちゃ安堵した顔をしたようで、隣の女の子に笑われた。

ガイドが到着してからは、彼が全てをハンドリングしてくれて、

私がしたのは、VISAやCOVID検査代、入国税など全てひっくるめて

80USDを払っただけ(100USD払ってドルでお釣りを貰えた)。

いやー、ここまで来るのは大変だったけど、

Bahtiyarさんのおかげでその後はスムーズに進み、

国境通過にかかった時間は3時間ほど。普段は1時間ぐらいらしい。

本来はクニャウルゲンチに行く予定だったものの、

時間がないということで、ダショグスでランチを食べ、

その後、代わりにダショグス地方の博物館に行くことにした。

クニャウルゲンチもあまり時間は取れないと思っていたので、

これで良かったのかもしれない。

ランチはTraditional Turkmen foodということで、

牛肉と野菜をパイで包んだものと、

牛肩を長時間煮込んだスープに野菜を入れたもの

を食べた。私にとってはウズベキスタンより食が合う。

スープが本当に美味しかった。寒かったからというのもあるのかな。

スプーンが独特で牛肉をほぼ食べられなかったけれど、

出汁としての肉なので、食べないものなのかもしれない。

なぜなら、ガイドもドライバーもあんまり食べてなかった。

お腹を満たした後は、急遽決まった博物館へ。

トルクメニスタンの歴史や文化、農産物などいろいろな展示があり、

とても興味深かった。

国旗にある5つの模様は、5つの地域を表しているとのこと。

私、実は大統領が変わったことを知らず、

一代前の、歌が好きな大統領しか知らなかったのですが、

息子に代わっていました。選挙で選ばれたと言っていた。

私は泊まれなかったけれど、実物大のユルタがあったり。

天井が白いのは夏用で、冬用は天井が黒いそう。

寒さと暑さに対応しているとか。人類の知恵ですね。

トルクメニスタンでは、未婚の女性はスカーフなし、

結婚するとスカーフを巻き、何だっけ、子供生まれると

口元も隠すとか、段階を踏んで隠していく感じでした。

口元を隠すタイミングはちょっと忘れてしまった。

写真は撮れなかったけど、女子学生の制服が

緑色のロングスカートでかわいかったな。

 

そしてここからは地獄の門に向けて走ること3、4時間ぐらいかな。

途中から道がボッコボコになり、野良らくだもいたり。

まさに、Highway to Hellという感じ。

そして地獄の門に着いた時は18:00過ぎぐらいだったけれど、

もう真っ暗だったのでした。

ちなみに、トルクメニスタンではShine of Karakumという

名でも呼ばれているらしく、そっちの方が綺麗で良い。

まぁ、旧ソ連が残した負の遺産ではあるけれども。

全体像は動画でしか撮れないので臨場感のない画像で。

火自体は減っているものの、新たな火が出現したり、

誰にも、いつ崩れるのか、どこから新たなガスが出てくるのか

わからないのだとか。

この後、宿に戻って夕飯を食べるのだけれど、

ユルタに泊まると思っていたら、私が女性一人だからか、

この寒さでのユルタ泊はひどい思い出になってしまうと、

トラックドライバー用に新しくできた宿に泊めてもらった。

なので、夜に起きて歩いて火のところに行くことはできなかった。

そのためにライトを持って来ていたのだけれど、

暖かい所で寝られたし、トイレも綺麗だったので良かった。

夕飯はまた、牛肉を煮込んだスープと牛のバーベキュー。

肉はウズベキスタンのシャシリクみたいなもんかな?

本当にこのスープおいしいのだけど。

トルクメニスタンはご飯がおいしい。

ご飯が美味しい国は良い国です(断言)。

ちなみにこの日の部屋はこんな感じ(荷物散乱失礼)。

ゴミ箱とか何もなくてちょっと困ったけれども、

暖かくして寝られるというのは幸せなことです。

明日は7:00に朝食、8:00に出発なので、21:00には就寝。

 

 

 

 

 

 

旅の行程

 

2025.12.16 出発
2025.12.17 タシケント着
2025.12.18 夜行列車にてウルゲンチ→ヒヴァへ
2025.12.19 ヒヴァ着
2025.12.20 シャバット国境よりトルクメニスタン入国
2025.12.21 ダルヴァザ→アシガバード
2025.12.22 アシガバード→メルヴ遺跡→ファラップ国境よりウズベキスタンへ出国
2025.12.23 ブハラからサマルカンドへ移動
2025.12.24 サマルカンドからタシケント→空港
2025.12.25 日本帰国

 

 

 

12.19-20 ヒヴァ→シャバット

夜行列車でウルゲンチに着いてから、ヒヴァへ行くために

バスとトロリーバスを乗り継いで行きたかった。

その前に一休みするために駅前にあるというカフェを探す。

と、ない。

その間タクシーの運転手がひっきりなしに話しかけてくる。

ヒヴァまでバスで行きたいと言ってもバスはないと譲らない。

Mapでバス停となっている所にもバス停っぽいものはない。

ウズベキスタンはバス停のない所がバス停だったりするらしいので、

おそらくそうなのだろう。

バスに乗るにはおそらく細かいお金が必要だろうと思い、

水を買ったらそこでまた白タクの運転手に話しかけられる。

トロリーバスで行きたいと何度言っても、バスはないと譲らない。

何なんだよもう、と思うも夜行列車で疲れていたので、

Yandexと同じくらいの金額を提示されたので承諾してしまう。

ヒヴァへ向かう途中、トロリーバスが走っていて悔しかった。

ヒヴァが近くなってきたとき、地図ではこっちだと誘導したら、

全然違うところに着いてしまった。

タクシーの運ちゃんはどっかのレストランで

ホテルの場所を聞いてくれたけど、かなりご立腹で

タクシー代を値上げされ、あとは歩いていけと言われた。

ついでに買った水を車の座席に忘れてなんか嫌な気分に。

レストランのおばあちゃんに連れてってもらった。

ウズベキスタン、やさしい人が多いのは本当だな。

着いたホテルは家族経営で英語が話せるのは息子だけ。

翌朝の8:00にチェックアウトすると言ったら、

朝食は7:00にしてくれると店主が言う。

英語ができる息子に確認したらそれでOKというので、

安心してヒヴァ観光に出かけた。

ヒヴァは何の知識もなく行ったのだけれど、

とても綺麗だったけれどあまりやることもなくよくわからない。

観光シーズンじゃないのでどこのカフェもやっていないし。

ミナレットに登れと言われて言われるままに登ろうとしたら

100,000UZS。高くね?

外国人料金が至る所で設定されていて、

ウズベキスタン人の10倍以上のようでした。

こんな階段を登っていくと…

街全体を見下ろせる。だけ。綺麗だけれども。高くね?

本当はこの壁内に入るのにも共通チケットが必要らしいけど

よくわからないのでとにかくブラブラ。

シルクロードの砂漠のオアシスの街という知識だけでブラブラ。

壁外には出なかったけど、出た方が物価が安かったよう。

暗くなるのが早いので、16:00には夕飯のレストランを探すも、

観光シーズンではないのでどこもやっていなくて、

唯一やっていたお店でお茶とラグマンを食した。

観光客価格で高かったものの、景色が良かった。

お店。

 

羊肉のせいか、少しお腹を壊したのでホテルに帰って就寝。

翌朝も少し調子悪かったけど、大丈夫程度には回復していました。

が、7:00になってもホテルの人が誰も起きてこない。

もう忘れられたと諦めて持参したお菓子とコーヒーを飲む。

8:00にはチェックアウトしなくてはならないので、

申し訳ないけれど大騒ぎしたら起きてきた。

ランチボックスを作るからちょっと待ってと言われたものの、

本当に時間がなかったので、手配していた車でシャバット国境へ。

国境までのモビリティは、タクシーと交渉するのも嫌だったので、

コチラのトランスファーサービスを利用しました。

朝早くて暗かったので、タクシーを探す大変さもなく、

安心だし、女性一人旅では前もって予約しておくのが正解だな。

ついでに、ファラップ国境からブハラまでのトランスファーも

予約しました。ヒヴァのホテルからシャバットまでが30USDで、
ファラップからブハラのホテルまでが50USD。
シャバットまでは90分とあったけれど、
冬だからか、ドライバーが飛ばしたからか、60分で到着。
そこには、想像を絶する人だかりができていたのでした…。

 

旅の行程


2025.12.16 出発
2025.12.17 タシケント着
2025.12.18 夜行列車にてウルゲンチ→ヒヴァへ
2025.12.19 ヒヴァ着
2025.12.20 シャバット国境よりトルクメニスタン入国
2025.12.21 ダルヴァザ→アシガバード
2025.12.22 アシガバード→メルヴ遺跡→ファラップ国境よりウズベキスタンへ出国
2025.12.23 ブハラからサマルカンドへ移動
2025.12.24 サマルカンドからタシケント→空港
2025.12.25 日本帰国



12.18-19 タシケント→ヒヴァ

タシケントのホテルの朝食はおいしかった。

8:00から10:00と言われていたので8:00に行ったら

あまり用意されていなかった。

ウズベキスタンの8:00からは実質9:00であるということを

その後に知ることとなった。

朝食後、準備をした後チョルスーバザールを見てみようと

外に出るとそこは雪だった…。

旅行初日なのでここでお土産を買うつもりはなかったけれど、

値段がどのくらいかは調査しておけば良かったと後悔。

中は洋服や食べ物、香辛料やお茶、パン、生肉などなんでもあり。

特に欲しいものもないので見て回るだけで終了。

ウズベキスタンのホテルはチェックアウトが12:00なので

荷物を置いてしばらく観光できるのが助かる。

ホテルの近くにはこんな感じの門があって異国感満載。

タシケントは特に観光するところもないので、

美しくて有名な地下鉄の駅を見て回ることに。

Alisher Navoi駅

Kosmonavtlar駅

Mustakillik maydoni駅

地下鉄はクレカをピッとすれば乗れるので便利。

wiseで払ったのですが、1乗車1735UZS(22円)ぐらい引き落とされていた。

でも駅にいちいち警察みたいなのがいて、入る際に荷物検査をする。

一回スーツケース開けさせられて面倒だった。

ついでにアミールティムール像まで歩く。

雪がすごいし、スーツケースを持っているので辛い。

いろいろ観光をと思っていたものの、

夜行列車でヒヴァへと向かうため、タシケントユーニー駅へ。

この駅は、地下鉄が通っていないので、路線バスを使うという

ミッションを課していたのでちょっと心配だったのです。

が、Chilonzor駅からバスという情報は得ており、

Yandex MapをDLしていた私に抜かりはなく、

8番、48番あたりが駅まで行くことがわかったので、

あまり混んでいないバスに乗ってタシケントユーニー駅へ。

タシケントはバスもクレカでピッで払えるので便利。

バスも地下鉄と同様1735UZS引かれていました。

ここでも荷物検査とパスポートチェックがあるため、

駅の入り口が大混雑になっていた。

ウズベキスタンでは並ぶという文化がないので、

入るにも一苦労だったものの、無事入ることができて、

ずーっとベンチに座って待っていました。

1時間前ぐらいから電車に乗れるという情報を得ていたものの、

アナウンスがウズベク語しかないので何言っているか全然わからん。

うろうろしていたら、英語できるウズベキスタン人の男の子が

着いてこい的な感じで誘導してくれて、無事乗ることができた。

ホームが複雑だったので、男の子がいてくれて助かった。

 

私はクーペという松竹梅で言うと竹ぐらいの座席を取っていて、

4人部屋の上段でした。すでに親子が座っていたので

部屋全体は撮れなかったけど、上はこんな感じ。

金額は348,550UZS。クレカで払ったので手数料結構高くて4,100円くらいかな。

スーツケースは下の人がベッド下に入れてくれて、

荷物は上の棚に乗せる感じ。

USBもあって充電はできる。そして暖房が効きすぎて暑い。

寝心地は良くはないけど、すぐに寝てしまった。

めちゃくちゃ揺れるので、結構すぐに起きてしまうのだけれど、

夜行列車はトイレがあるので、お腹弱民には安心なのです。

朝方トイレついでに撮った車窓はこんな感じ。

何もない。地平線。このままウルゲンチへ向かっていきます。

予定時刻を過ぎて到着したウルゲンチにて、

思わぬハプニングに見舞われるのは、また次の話。