友誠 (gladius・高野山真言宗の在家僧侶)

友誠 (gladius・高野山真言宗の在家僧侶)

その日その日の暮らしの中で、起きた事柄を踏まえ、たまには、仏に向い有った事も書いてみる。
また、宮村 友誠は、高野山真言宗の在家僧侶をしながら、普通の会社に勤務しているわけである。

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仏樣の前に御供えする灯火を灯明と言いますが、仏教で箱の灯明を迷いを破る知恵に例え大いに尊重します。

御釈迦様は、亡くなる直前に、「自らを灯明とし、法を灯明とせよ」と説かれました。

この世で自らを島とし、自らを頼りとして、他人を頼りとせず法を島とし、法を拠り所として、他のものを拠り所とせずにあれ。と、あります。




御釈迦様は、説法の旅の途中で死病に倒れられますが、一時は回復して小康状態を得られます。

その時、若い弟子阿難尊者が「私がこれから進むべき道、教えも私にはまだ、明らかで無い。それなのに御釈迦様は、涅槃に入られるのかと心配でしたが、これで、安心です。」と、言うのを聞いた御釈迦様は、私に何を期待するのか。教えは既に説いてある。わたしがいる、居ないに関わらず、自分を頼りとし、正しい教えを頼りとしなさい。と、諭されたのです。



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