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人は、いったんよじ登った木から下りるのにためらいを感じるものである。それは、自分がすでに行ってしまったことが間違いであったと認めることへの恥ずかしさや悔しさ、また一からやり直すことが面倒であるということなどからきている。よって、このまま行けば、自分にとって不利な条件になることはわかっていたとしても、なかなか後戻りができないのである。
最初に、足でまといという言葉の意味を説明しますね。
足でまといとは、手足にまつわりついて自由な活動の妨げとなること。また、そのようなさま。あしてがらみ。 goo辞書より
足でまといとか言いながらも今現在僕はニートなのでそのような人達と行動をともにしなければならず、不甲斐ない日々を送っています。
仕事を探すにも親に仕事は選べと言われるので仕事が見つからず・・・
選ばなければ仕事はたくさんあるのに、受け入れてくれない。
「上を向けなくなったら、下を見てみ見てください」
この言葉は僕を救ってくれた言葉でした。
あるCMで流れていたんですがCMの内容は覚えてないんですが言葉だけは聞いてました。
最後に、戸籍上の両親へ
ぼくの人生の邪魔をしないで頂きたいです。いつもぼくが何かをしようとすると難癖つけてきて妨害行為をしてきますよね。今までの流れであなたたちがぼくの敵であることがよくわかりました。僕を自立させないようにして自殺に追い込むのが本当の目的なんでしょう?わかっていますよ!どうせ保険金詐欺とかやってるんでしょう。
本当は、縁を切りたいし、二度と顔も見たくないんだが、今はニートだから自分を押し殺して潜入しています。
自分でお金を稼ぐようになれば縁を切れるのかというとそんなに簡単な話ではありませんし。
とにかく収入があれば親は用済みです。
親も縁を切ると言っていますし、人生の足でまといになるだけですからね。
【何かを得るには、何かを失わなければならない】ですよね。
だから、親とは縁を切るべきんですよね。
あと、父は「お父さんは一貫している。一本筋が通っている」と言うのですが
全然筋通ってませんよ。創価学会の敵であるということは筋が通っているよね。