あれから1年…変わったこと、変わらないもの
3月11日、日本全土が悲しみ包まれた、東日本大震災からちょうど1年。ブログ上でも、この短いようで長か..........≪続きを読む≫
日付は変わってしまいましたが、昨日3月11日で、東日本大震災から1年が経ちました。
自分も湘南の辻堂サザンビーチで2時46分に黙祷をしてきました。
昨年の3月11日の地震の時には、実家の栃木でちょうど昼ごはんを食っていた時。
緊急地震速報も無しに、いきなりの大きな揺れ。
轟音とともに、立っていられないぐらい揺れました。
幸い怪我もなく、家で破損したものなどはありませんでしたが、20年前の重たい冷蔵庫が30センチ移動していたり、普通じゃ考えられない地震でした。
また、うちの近所は地震の直後から停電してしまい、ガスは使えるが電気が使えないのでポンプが動かず断水状態になりました。
両親とも職場から無事に帰ってきて、家の中でリビングに集まり毛布にくるまりながら一夜を明かしました。
携帯電話は軒並み繋がらず、地震が来るなんて思っても居なかったので電池は直ぐに無くなってしまい、コンビニに行っても電池は全て売り切れ・・・
水が使えないので、風呂も入れずトイレも流せない。排水口からは異臭が漂ってくるし、水も飲めない。
ただ、唯一の救いだったのは我が家は県境に近く、茨城県に入るとそこは電気も水道も止まっていない。
なので、クルマで夜8時ぐらいに信号も止まっている真っ暗闇の中、となり町まで行きました。
幸いにもこの時にガソリンを満タンにしたので、翌日からのガソリン不足で悩むことはありませんでしたが。
食料や電池、そしてトイレを済ませて家に帰り、どうにもすることがなく9時ぐらいには寝てました。
翌朝5時ぐらいに電気が復活し、ライフラインは復活したのですが
週末から海外留学に行くのに、成田空港までの手段が無く、さらにホストファミリーへのお土産が買えない。。
結局なんとかなりましたが、成田空港で放射能検査みたいなのを留学メンバーの中で自分だけ?がされました。
今回の地震では犠牲者はそれほど出ませんでした。
問題は津波です。
特に今回津波の被害にあった地域は、チリ地震でも津波を経験している地域。
津波の怖さは誰よりも知っていたはず。
しかし、なぜこれほどの犠牲者が出てしまったのか。
まず考えられるのは、チリ地震の被害が風化しかけていた。
チリ地震での津波の大きさが忘れ去られていた、そもそも津波を知らない世代のほうが多いかもしれない。
それに、今回ほどの大きな津波は今まで誰も経験したことがない。
避難すらしないで津波にのまれた人も大勢居ましたし、津波を見学しに行って被害にあった方も居ました。
津波=キケン
という意識が薄かったのではないでしょうか。
まあこんな大きな津波は今までなかったので当然ですが。
でも、今回これほどの大きな津波であれだけの多くの命を奪った
少なくとも今この時代に生きている人々は
津波=キケン
という意識が植えつけられたのではないでしょうか。
日本は地震大国で、最近の建物は震度7ぐらいではまず倒壊しません。
地震が来たら津波が来る、これを覚えておくのが大切なのだと思います。
小学校や中学校での避難訓練も徹底するべきです。
おふざけ半分であんなことをやっても意味が無いです。
今回の地震は大勢の命を奪った反面、我々に多くのコトを教えてくれました。
地震と津波の怖さ、とっさの判断力、家族や友人親しい人との絆・・・
自然災害はいつ起こるかわからないので、起こらないようになんて言えません。
でも、自然災害が起きた時に次に何をするか、しっかり考えていくことが大切です。
最後に
東日本大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。