先々週、8年離れていた娘が訪ねてきてくれた。


娘から、実家の母に電話をくれて、母が私の携帯を教えて、娘と会うことがかなったのだ。


そのおかげですっかり、おバカな母になってしまい、ずいぶん、甘やかしてしまった。

後悔している。


服を買ってあげたい、彼女の実家時代の感覚と変わらない金銭感覚が戻ってしまい、

計算していたけれど、まとめるとすごい金額になってしまった。


その前に冷蔵庫や食器棚、羽毛布団、とかなりの額を使った後だから、、

よけい響く・・


この日のためにこの8年、ずっと過ごしていたといっても過言ではない。


今があるのも私の中に一本筋が通っているのも子供に会った時のことを考えてのことだ。


私をこんなに強くしたのも子供への思いがあってのこと。



今月末にはまた、味をしめた娘が訪ねてくるけれど、

今度はお金を使わない遊び方を考えよう


反省反省





たいそうな題名だけど


私には8年前離婚して別れた子供が二人いる。

その子供が今年二十歳になった。


子供から、「お母さん、私、二十歳になったから、お父さんに言ってないけど、おばあちゃんに電話して

お母さんの番号聞いたよ」と電話をもらった。


こんな日がくるなんて思ってもみなかった。


娘が結婚して、子供ができて、大きくなったころになれば、私の気持ちが理解できるのではないかと

どこかで期待していた。


それが、娘から連絡がきたのだ。


この喜びはきっと、同じ立場の人にしかわからないだろう。


心のどこかで期待しつつ、でも期待して外れることを恐れ、期待の期待として、ずっと持ち続けていた感情。



それが現実となったのだ。

これまで、ここに書かなかったのは、本当かどうかの真実味が薄かったから。

再来週、娘は私に会いに来てくれる。

3月には卒業式に来て、と言ってくれた。



不思議だ。

義母に対しての暗い蟠りも薄れ、離婚の原因となったものを書くのに時間を要した。

元夫に対しても心底許せるとまではいかなくても、大変だったろうな。。と想像力を働かせ、、感謝もする。


今、私は自由だから、子供に会うのに遠慮などはない。


私はこの日のために生きてきたといっても過言ではない。


大変かもしれないが見守ってほしい。




8年前に別れた、娘から電話があった。


今日はスクーリングだったから、長く話せなくて、夜、話そうねと電話を切ったが

かけても出ない。

バイトがあるとはいっていたけれど・・


やっぱり、お父さんに悪いと思ったのか。


しつこくして、悩ませてもいけないので、

私からはあまり、連絡しない。



仕方がないと思う。

私は子供大事な時期に一緒にいなかった。

子供が成長するのに必要な費用はお父さんが働いてくれたもの。


子供は子供で子供ながらに感謝しているのだろう。


私が踏み込める領域ではない。


今日はいい夢を見せてもらったと、思うだけ。

少し寂しい気もするけれど、

こうなるのではないかというのはどこかで感じていた。