久々にブログを更新するとのことで、少し違う話題にしよう。
「医局」という単語、ほとんどの日本人にとって見慣れていると思う。大学病院と関連の市中病院で構成され、その大学病院の教授がトップに君臨する巨大組織のこと。「医局員」である准教授、講師、助教、助手、研修医など、みんなその教授に従わなければならない。関連病院の人事異動も、中心となる大学病院の決定によって大きく変わる。トップにちょっとでも気に食われないことをやってしまうと、関連の僻地病院に飛ばされたり、最悪医局をやめなければならない羽目になる。医局員にとって、医局はキャリア形成にとても重要である。自分の大好きな研究や高度医療、留学、外科系の場合ハイボリュームセンターで勤務するチャンスなど、医局に所属しないとなかなか手に入らないから。
また、最近の研修医にとっても、新しい専門医制度の関係で、内科や外科などの19基本領域の専門資格を取りたければ、どこか大学の医局に所属することがほぼ必須になる。もちろん、徳◯会などの大手市中病院では独自の医局みたいな制度が存在するが、一方多くの中小型の病院はどこかの大学医局に関連している現状である。初期研修(医学部を出て、内科、外科、小児科、産婦人科などメジャーな診療科を回りながら2年間以上勉強する期間)を終えて、ほとんどの3年目医師はどこかの大学医局に「入局」し、引き続き研鑽していく。
日本の医療制度はアメリカから影響を受けることが多いので、この「医局」という制度は、全世界共通だと思う人も多いだろう。しかし、驚くことに、医局制度は、日本だけの概念である。「医局」をGoogle Translateに他の言語に翻訳してもらうと、訳のわからないものになってしまう。Wikipediaで「医局」を検索しても、日本語のページしか出てこない。外国の医師に日本の医局制度を説明しようとしても、「ごめん、理解できないw」と返事される。
僕は実際来日の前にすでに「医局」という単語を聞いたことがあった。2004年、僕は母国で放送されていた唐沢寿明主演の医療ドラマ『白い巨塔』でこの言葉に初めて触れた。当時小学生の僕は、なんなのかについて全然わからなかった。ただ浪速大学第一内科の里見先生が、医学部長の鵜飼先生に反感を買い、ド田舎の千成病院に飛ばされたのを見て、日本の大学なんか怖いなぁ〜というのだけが印象に残った。
数年後、前の記事で言った文部科学省の国費制度に申し込む前に、『白い巨塔』を思い出した。しかし、高校生の僕はまだ日本語がわからず、調べても「医局」という中国語に見えるが中国語でない言葉しか出てこなかった。日本の医学部における権威主義的な「何か」だろうまでが理解できたけど。「まあでもどの国の医学部にもそういうのあるじゃないの?」と思い、それ以上考えずに文部科学省の国費制度に申し込んだ。
「医局」の本当の意味は、医学部に入り3年目にようやくわかった。「(来日前の)話が違うぞ!」とほんの少しに感じていたが、キャリアのレールが敷いてあって、それに乗るだけですごくえらい医者になれる制度も正直悪くないなぁとも思った。ただ、この2、3年間、「新専門医制度」の設立、また自大学を含めたくさんの医局説明会(飲み会)に参加してきて、少しずつ考えが変わってきた。医局制度は確かに若手医師のキャリア形成に良いシステムかもしれないが、問題点も正直少なくない。
最も大きな問題点の一つは、教授→准教授→講師→…のようなヒエラルキー。准教授以下の医局員は教授の方針、指示に従う。講師以下の医局員は准教授の方針、指示に従う。立場の下の人間は絶対に上の人間に文句が言えない、抗えない。たとえ教授がこのような問題発言をしたとしても。偉い人の反感を買ってしまうと罰が下される(先述の僻地病院に飛ばされるか、医局をやめさせられる、とか)。『白い巨塔』は元々1960年代に書かれた小説だが、そこに描写されている医局内のパワーバランスは今でも健在する。
もちろん、これが崩壊すれば良い話でもない。ある程度の「上下関係」はどの組織にも重要なのだ。「上下関係」は秩序を維持し、組織の安定に貢献するに違いない。ただ、僕から見る大学医局は、この「上下関係」にこだわりすぎ、頂点に立つ人間以外誰も得にならないシステムである。「患者中心の医療」(Patient-centered medicine)というよりも、「教授中心の医療」(Professor-centered medicine)を実践しているとしばしば感じる。とにかく教授は何を言っても良いんだ。教授のプライドが全てだ。この時代遅れの文化が今でも健在しているこそ、近年旭◯医大や群◯大のような不祥事が次々と起こっている。多くの大学医局は、日本の「上下関係」文化の最も悪いところを全部反映していると言っても過言ではない。
日本の職場には女性差別、過労働など色々の問題が残っているとよく言われているが、当然医局にも同じような問題が存在する。しかし、僕的には、医局内に起こる女性差別や過労働などの問題はこの厳しすぎる「上下関係」に起因すると考える。昔、自分の大学のとある診療科の医局忘年会に参加したことがあるが、教授が座るテーブルの女子学生と女子研修医の密度が異常に高かった。あとで座席を決めた医局長の先生にこっそりと理由を聞いたら、「まあ、教授だからw(あとは察して!)」みたいな返事をされた。当然他の医局員は誰も突っ込まなかった。教授、医局長より立場が低いから。僕はそれを聞いて、女子学生と研修医をただの「教授を喜ばせるためのもの」としか見ていないこの医局、将来絶対に入らないと決心した。
医局内の過労働問題もそう。カンファ中、教授が具体的な指導もせず、ただ「お前もっと頑張ろ!」や「修行が足りん!」とプレゼンしている医局員に大声で怒るシーンを、学生時代に何度も目撃したことがある。まあ当然プレゼンの質が低ければ怒られても仕方ないのだが、それでも教育者として、問題点やどう改善すべきなのかをきちんと教えるべきである。怒るだけでは医局員のモチベーション、そして仕事の効率が下がる。仕事の効率が悪くなると、一日の仕事にかかる時間も長くなる。また、一日のやるべき仕事が終わっても、そのことばかり考えて、「教授のために」何度もプレゼンを見直したりして、結局残業することになる。
医局内の「上下関係」のせいで、医局内だけでなく、医学部全体に影響を及ぼすこともある。某医大の入試女子差別問題において、女子の入試点数を操作しろ、とかいう指示が誰が出したのか未だにわからないのだが、少なくとも教授会を通した、と言ったら誰も納得できるだろう。新年度の医学生(つまり将来医局に入りうる人材)の選抜だから。教授会のお偉い様はみんなそれぞれの医局のトップなので、下の人間は当然何も知らない。漏洩され知られても突っ込めない。教授たちが決めたことだから。
先程、医局は若手医師のキャリア形成に良い制度かもしれないと言ったが、その一方、「個人的自由をガン無視する制度」でもある。初期研修2年間を終えて、どこかの医局に入り、「専攻医」として、6ヶ月〜1年間ずつ「症例集め」の目的でどこかの関連病院に飛ばされてはいけない。当然、どこの病院なのかは全て医局が決まる。症例をコツコツ集め、専門医資格を手に入れた後、今度はサブスペシャリティ(例えば「一般外科」の中の「消化器外科」、「総合内科」の中の「循環器内科」、など)取得のため医局に残り、さらに研鑽していく。この期間にも、いろんな場所に飛ばされる。
サブスペシャリティを勉強しながら、博士コースへの入学を「推薦」(「強要」と言い換えても良い)する医局も多い(特に内科系、外科系)。博士コースに入ると、研究のために大学病院に残される。で、知っている通り、大学病院の給料は極めて低い、もしくはほぼないレベル。その上に博士コースの学費も納めなければならない。「短期バイト」の名目で、数ヶ月だけどこかの関連病院で働かせるから「給料は大丈夫だよ!」とアピールする医局もあるが、結局その金のためにどのぐらいの機会費用(opportunity cost)がかかるのか正直疑問に思う。
さらに、サブスペも博士号も手に入れたら、今度は「御礼奉公」のために医局に残り続け、「ご指導いただいた」教授に人生を捧げる。留学したり、何か好きなことやったりしても良いが、全てが「医局に戻る」ことを前提としている。
まあ、このようなことが好きな人もたくさんいるだろう。確かに、先述のとおり、「キャリアのレールが敷いてある」というのも悪くない。アジア人は基本「安定した仕事」を求めているのだから。ただ、僕から見ると、医局に人生を大部分を捧げ、どこに行くのか、何をやるのかは全て他人に決められ、個人的自由を重視する21世紀においては少し時代遅れなのではないかと思う。特に、結婚、育児を考えている人にとっては、多くの医局におけるこの柔軟性のないところが大きなデメリットになる。
もちろん、今まで言ってきたいくつかの問題点は全ての大学医局にあるわけではない。参加してきたたくさんの医局説明会の中で、教授や医局長が本当に指導熱心かつ優しい人とか、自分の人生選択を尊重してくださる、と感じた医局もある。ただそれがあくまでも少数派。僕は将来医局に入るか入らないかを半々で悩んでいるところだが、入るとしてもそのような医局に入りたい、というのは僕の現時点の考えである。
同様に、医学生や研修医の間ですでに「医局離れ」が流行り始めており、3年目から新専門医制度を利用せず(つまり医局に入らない)、美容外科、脱毛治療などの自由診療、もしくは単発バイトで食っていくと志望している若手医師が多くなっている。あるいは、医局に入るとしても、博士号取得を強要せず、専門資格取得後すぐ退局し開業できるコスパの良い医局(マイナー科が多い)が選ばれがち。大学医局(特に地方大学のメジャー科)が将来の人材不足で悩んでいる一方、厚生労働省や日本専門医機構のお偉い様たちがまだ根本的な問題点を把握していないようだ。さすが役所。
結論言うと、僕のような若手のキャリアをある程度サポートしてくれる観点から、僕は医局制度が存在しても良いと思う。ただ、前述した様々な問題点を解決しない限り、「医局離れ」がさらに進み、地方中心に医師不足の問題が深刻化すると考えられる。現代の若手医師のニーズとどうやってうまく合わせるのか、それは今後の大きな課題である。

