前記事より続く 赤文字はフィクションです^^
「おい、そこに誰かいるのか」
ライフルを油断なく人質に向けながら、男はゆっくりと三人に近づいてきた。masaの顔が汗で光り、形相が変わっている。
「まずいわ」
『masaさんは、真理から男の注意をそらすため自分が掴みかかろうとしている』
媛子は目で真理に合図し、よろけたふりをしてmasaに倒れ掛かった。不意のことにmasaは媛子を支えきれず窓際のテーブルに手をついた。
そのわずかな間にどこへ行ったか、真理の姿は消えていた。
誰も他にいないことを確かめると、ライフル男は元の場所へ戻っていった。
壁が音もなく開き、真理がその場所に現れたのは5分後だった。両手に何か持っている。どうやらスタッフ用、あるいは防犯用のエレベーターか何かがあるらしい。閉じるとまったく壁と見分けがつかない。
真理は手の物を床に置き、媛子にサインを送ってきた。媛子もまばたきで「了解」とか「それはだめ、これはどう?」の返事を送る。その間わずか10秒ほど。
真理が床に置いたものを再び拾い上げる間に媛子はmasaとスナフキンにささやいた。
「これから何が起こっても、床に伏せてじっとしていて。他の人にも伝えてね」
真理の手からダンベルが飛んできて、天井のシャンデリアを次々破壊していく。
「うわああああああああ」
不意を突かれたライフル男は、ダンベルを追いかけて銃を連続発射する。悲鳴の中、部屋中に高級なクリスタルの雨が降り注いだ。パニックになった男が発射し続けるライフルの閃光が花火のように飛び散り、硝煙が充満する中、二本目のダンベルが男めがけて飛んできた。
ゴンッ。
ダンベルは見事男の腕に命中し、手元が狂う中、媛子が放った杖がさらに一撃し、男は完全にライフルを取り落した。
灯りを失った45階ティーラウンジは、窓の向こうの大東京のネオンが何が起こっていても華やかな星のように浮かびあがり、室内ではアルコールランプの細い炎が時折驚いたように揺れながらも点り続けていた。
人の顔も判別できない暗がりで、バタッ、ゴンッ、ドスン、ギャア、と音がして、あとは静かになった。
「非常灯をつけてください」
真理の声にウェイトレスが動き、恐る恐るライトのスイッチを入れる。きらめくクリスタルの破片の中、ダンベル二本と杖とライフル、そして正座の媛子に潰され気絶したライフル男が転がっている。走ってきた真理がライフルを拾い上げた。
パトカーを待つ間、ウェイトレスがコーヒーを淹れた。
「これこれ、一仕事の後のコーヒー」
「たまんないよね」
「真理、お見事だったわよ」
「媛子こそ、腕はなまってないわね。杖ついてても」
「毎日トレーニングしてるのよ」
「ダンベルでね」と同時に言って二人は声を立てて笑った。久しぶりに思う存分腕を振るって目がキラキラしている。
「媛子、お前って一体……」何者なの?とスナフキンが言いかけてやめた。
masaも黙って黒い液体を見つめている。真理はいったいどこでこんなことを身に着けたのか。
「私たち、ルームメイトだったことは話したよね」
「SPの訓練校で一緒だったの。二人ライバルだったんだけど、サミットの時、私が足
撃たれて退職してね、愛媛に帰ったの」
「わたしも事情があって続けられなくなって退職したけど、ここのガードのパートに復帰したのよ。
今日出勤したらいきなりこの事件でしょ。おまけにmasaがあぶない。もう焦ったわよ」
「母さん、大丈夫だったみたいだね」
ひとりの少年がギターを下げて入ってきた。そこにいる全員が注視した。
お嬢さまたちはカップを口につけたまま飲むのを忘れてるし、ウェイトレスたちもコーヒーを注ぎ過ぎてあふれているのに気付かない。
媛子は舌を巻いた。『こんなイケメンがいるなんて。うちの息子レベルのが易々と現れるなんてね~』
さすが東京、さすが六本木。
『この少年、どこかで会ったことあるような』
媛子はピンときた。masaさんに面差しが似ているのだ。
「わたしの息子です。エレベーターに隠れたときに警察とこの子に連絡したの」
真理はmasaの目をまっすぐ見つめながら言った。
「十四歳なの。今年で。坂本竜馬の大ファンなのよ」
「雅治といいます」少年が礼儀正しく一礼した。
一週間後、masaとスナフキン、真理と媛子、そして雅治は、再び45階のテイーラウンジに座っていた。他に客はなく貸し切り状態。ホテルのオーナーが先日の感謝を伝えたいと、特別に五人を招待してくれたのだ。
ウェイトレスがマンツーマンで給仕してくれる。相変わらず惜しみない笑顔で。
オーナーから、思いもかけない申し出があった。5人とその同伴者に関してはこれ以後は無償でホテルのスイートとアフタヌーンティーを楽しんでいただきたいというものだ。
媛子の目が輝いた。それならいつでもmasa&真理に会えるわ。女子校仲間にともしょっちゅう会えるし。雅治にもね^^v
五人の会話を、アルコールランプの灯りがゆらゆらと聞いている。
快晴の空の下、ビルも家々もスカイツリーも輝いていた。
エピローグ
愛媛県S市。農村部に、緑屋根の小さな家が建っている。
その家の主人は、風が暖かくなると庭にギターを持ち出してフォークを奏で始める。
するとそれを追うように、奥さんも手にふたつのコーヒーを持って出てきてガーデニングチェアに座り、歌い始めるのだ。
このふたり、ごく一部の人から、「スナフキン&媛子」と呼ばれているが、ご近所はそのことは誰も知らないし、田舎じゃただの変わり者。
2012年、初夏の庭で、スナフキンが奏でるギターを聴きながら、媛子がメールの内容を伝えた。
「雅治くんが夏高知に来るらしいよ。竜馬の大ファンだから、竜馬像と並んで太平洋を見たいんだって。
あ、masaさんと真理も一緒らしい。うちにも寄ってもらおうね」
「もちろん」
スナフキンがギターを弾きながらうなづいた。
六本木もアフタヌーンティーも、洋食屋も麒麟像もないけれど、
山も海も手が届くほどそばにあって、プーシャが蝶々追いかけて跳ね回る。
「やっぱり住むのはここがいい」
『一カ月に一度でいいわ。東京行くのは』
おわり