都銀二行、地銀一行、生損保一社ずつ、そして証券三社。とりあえず、それぞれの企業の説明を受けてまわった。
だが、どこも語られるのは業界の仕組みや自社の事業内容、「当社の魅力」といった、定型化された説明ばかりだった。生命保険に至っては、感動する長尺のCMから始まり、説明時間の大半を動画視聴に費やした。登壇者の声を聴いたのは、最初の自己紹介と最後の質疑応答だけだ。
そんな情報は、いまさら聞かされなくてもわかっている。いや、自分だけではない。まだ夏も来ないこの時期に、汗をかきながらスーツを着込み、髪を整えて会場に足を運ぶ学生たちの大半は、すでに志望業界の下調べくらい済ませている。
学生たちは、企業の概要説明をわざわざ聞きにこの場所まで来ているのではない。
この説明会に参加した者限定での座談会や、選考での優遇――そうした“特典”を得るために、ここへ来ているのだ。
だから、ブースに座れるなら最前列。できるだけ食い気味に身を乗り出し、メモを取り、赤べこよろしく何度も頷く。質疑応答の時間には、こちらから積極的に質問する。選考はすでに始まっている、そう思っておいた方がいい。
結果として、ある企業から一本の電話がかかってくるのだが、その話は次回に譲るとしよう。
会場を一望すれば、聞いたこともないような企業のブースが、ひっそりと、どこか寂しげに並んでいるのが目に入る。
ある地銀のブースもそのひとつだった。パンフレットの表紙には、「地域に根ざして○○年」という文字が大きく刷られていた。
地域密着。地元貢献。もちろん、それ自体が悪いわけではない。
けれど、それをやけに強調されると、逆にそれ以外に誇るものがないのだろうかと、穿った目で見てしまう。
そうした「売り」が見えない企業を、“第一志望です”と語らねばならない面接が、怖かった。
もちろん、大手企業から落とされることも怖い。だが、それと同じくらい、中堅企業の選考を、まじめに受けねばならない状況に追い込まれることが、彼にはどうしようもなく不安だった。
中堅企業であっても、面接では「本気で志望している」と語らなければならない。
それが、この就職活動というゲームのルールであり、同時に彼にとって最大の苦痛でもあった。
「若手でも裁量権があります」「社長との距離が近い」「20代から成長できる環境」
そんな言葉を、彼は何度聞いただろう。どこの中堅企業、ベンチャー企業でも繰り返されるお決まりのフレーズ。
だが、それが実際には、教える余裕もない職場で、ただ人手不足を言い訳に任せているだけなのだとしたら?
少しでも社会の構造を見たことがある学生なら、そんな言葉の裏にある現実くらい、すぐに気づく。
「御社が第一志望です。なぜなら――」
その一言を、自然に口から出すには、いくつもの嘘と、自己洗脳に近い自己説得が必要だった。
彼は進学校を、下位ながらも卒業した。その後、浪人を経て私立大学へ進学。だがそこで中退し、再び学び直す道を選び、今は旧帝大の学生となった。
“上へ、上へ”と階段を上がり続けてきたその人生の選択の果てに、「中堅企業を第一志望」と語ることの矛盾。
面接官は、その言葉をどこまで信じるだろう。
地方国立や私大の学生が語る「熱意」とは、明らかに重みが違う。
だからこそ、彼が語るそれは、むしろ白々しく映るのではないか。
何より、自分の経歴にまたひとつケチをつけるような選択が、どうしても耐え難かった。
進学校を下位で抜けた自分を、浪人と再受験でなんとか立て直した。ようやく納得できる場所にたどり着いたと思ったのに、就職先でまた“格”を落とす。
そんな未来は、自分のこれまでの努力を無意味にするようで、どうしても嫌だった。
「業界で1位になっていない企業では、面接で喋るのは厳しい」
そんな漠然とした焦りが、頭のどこかでうごめいていた。
業界順位や平均年収などを抜きにすれば、企業ごとに差が見えづらい商品、似たり寄ったりの業務内容、そして変わらないキャリアモデル。
そのなかで「御社でなければならない理由」を、自分で無理やりひねり出し、納得感のある物語として構築する――それは、もはや就職活動というより商談だった。
滑り止めの企業を、「第一志望」として語れるかどうか。
その説得力こそが、営業の本質なのかもしれない。
顧客のニーズに合っていない商品を、いかに“必要なもの”として届けるか。
そう考えると、中堅企業の選考に受かる学生のほうが、営業には向いているのではないか――。そんな皮肉が、ふと頭をかすめた。
だが、いずれにしても、彼の答えは明白だった。
大手企業だけを受ける。
中堅企業であれば、せめて関西や西日本でトップに位置する企業に限る。
「第一志望です」と語るに値しない企業のために、志望動機を“見出す”時間を割くつもりはなかった。
現実は厳しい。だが、せめて、自分の語る物語だけは、自分自身が納得できるものでありたかった。
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