サルのエボラ治療成功、ヒトへの応用は

 致死性の高いエボラウイルスに感染したサルの治療に成功したとの研究が発表された。ヒトの感染者の治療の可能性にも期待が高まっている。

 研究チームは、致死量のザイール型のエボラウイルスに感染した中国のアカゲザルの特定のウイスルタンパクのみを“ノックアウト”するために、遺伝子の働きを抑制する特別な薬を使用した。ザイール型はエボラウイルスの中でヒトに対する病原性が最も強く、感染が広がると致死率は90%に達する。

 エボラウイルスは接触感染性が高く、ヒトの体液や、ウイルスに汚染された注射針やカミソリなどを通じて広がる。ヒトなどの霊長類が感染した場合の典型的な症状として、高熱と激しい頭痛に続き全身から出血が止まらなくなる。体内外の大量出血によるショックが死因となることが多い。

 エボラ出血熱が1970年代後半に中央アフリカで発生して以来、その予防と治療法が探られてきた。今回の研究を率いたボストン大学のウイルス学者トーマス・ガイスバート氏は、「エボラへの関心が高いのは、致死率が高いだけでなく、バイオテロの兵器となり得るからだ。予防ワクチン開発の取り組みは盛んだが、感染後の治療法が開発されたのはこれが初めてだ」と背景を語る。

 ガイスバート氏のチームは、人工的に生成した低分子干渉RNA(siRNA)を基に作られた薬剤を使用した。siRNAは体内に存在する生体高分子の一種で、特定の遺伝子の発現を妨げる。

 遺伝子は体がタンパク質を作る際に用いる情報であるため、ウイルスの特定の遺伝子の発現を抑制すればエボラウイルスが生き続けるために必要なタンパク質の生成を止めることができる。ガイスバート氏はこう説明する。「今回の研究では、ウイルスの自己複製を促進するLタンパクを標的にした。このタンパク質を不活性化すればウイルスの自己複製能力を抑制することができるからだ」。研究チームでは、感染した宿主の免疫反応の無力化に関わるVP24とVP35というタンパク質も同様に標的とした。

 実験に使用したサルは9匹で、そのうち7匹は6日間にわたって同じ量の薬剤の投与を受けた。7匹中3匹は1日おき、4匹は毎日薬剤を摂取した。それぞれのグループで1匹ずつは対照群として薬剤を投与されなかった。

 薬剤を投与されたサルを分析した結果、エボラウイルスに感染して10日後、1日おきに投与されたサルの血中のウイルス濃度は非常に低かった。また、毎日投与されたグループからはウイルスがまったく検知されなかった。ガイスバート氏は「siRNAはウイルスの自己複製を阻止し、出血熱による死から完璧にサルを守った。これは今までにない成果だ」と述べる。

 今回の研究で画期的な点は、感染した細胞に薬剤を直接届けられたことだとガイスバート氏は考えている。人工のsiRNAを投与すると体の免疫システムを活性化させ炎症を引き起こす可能性があるため、薬剤を細胞に直接届けるのは困難を伴う。そこで、好ましくない副作用を防ぎつつ薬剤を細胞まで運ぶために、薬剤を脂肪分子で包むという手法がとられたのだ。

 アメリカ疾病管理予防センター(CDC)でエボラウイルスを研究するアンソニー・サンチェス氏は、「薬剤を細胞に直接届けることが可能になったことで、感染による致死率が非常に高い数種類の出血熱ウイルスの治療に新たな選択肢が生まれた」と話す。同氏は、ヒト以外の霊長類を対象とする数種類のエボラワクチンの開発に成功した研究チームの一員で、現在はワクチンのヒトへの応用を試みている。

「この技術で興味深いのは、このsiRNA剤が特定の型のエボラウイルスに合わせて短時間で人工的に生成することが可能な点だ。アフリカに限らず世界のどこで突然新しい型のエボラウイルスが現れたとしても、その型に適した薬剤をすぐに作り実用配備することができる」とサンチェス氏は期待を込める。

 アイオワ州立大学の生化学者ガヤ・アマラシンゲ氏は、今回の研究結果を「大いに期待が持てる」ものだと評する。その理由として同氏は、このsiRNA剤とそれを細胞に直接届ける手法が、激しい出血熱の症状を引き起こすフィロウイルス科に属するエボラウイルス以外のウイルスにも適用可能な点を挙げる。アマラシンゲ氏は、今回の研究で不活性化したタンパク質の1つであるVP35の化学構造を特定した研究を率いていた。

 アメリカ国立アレルギー感染症研究所のハインツ・フェルドマン氏は、今回の研究についての解説の中で、この研究は「長い間待ち望まれていたもので、フィロウイルス研究の中でも特に困難でもどかしかった部分に一石を投じるマイルストーンともいうべきものだ」と記述した。

 今回の研究を率いたガイスバート氏は、ヒト以外の霊長類でのエボラ治療の成功はヒトの治療モデルにも適用可能だと考える。しかしエボラ治療薬のヒトへの臨床試験は、結局のところ資金の問題に突き当たる。「技術的にはいつでも始められる状態だが、この治療薬の市場規模は世界中合わせても小さいので、製薬会社はワクチン製造にさえ経営上の魅力を感じられずにいる。投資家も手を出さないなら、残るは政府しかない」と同氏は語る。

 アマラシンゲ氏も同じ意見で、最優先にしなければならない病原体研究のコストが高騰していることを指摘する。物価上昇はさておき、致死率の高い疾病の研究には高い安全性を備えた、つまり非常に費用がかさむ“生物学的封じ込め施設”を必要とする。

 同氏は現状をこう説明する。「アメリカ食品医薬品局(FDA)の“アニマル・ルール”では、動物実験での効果が高かった薬剤については、ヒトに対する安全性試験が適切に実施されていれば、ヒトの臨床実験を動物実験で置き換えることができると定められている。エボラ治療薬もこのルールの適用を受ける資格があるわけで、新薬となる有望な候補者が現れさえすれば、製品開発段階に進むための制度的メカニズムだけは少なくとも整っている」。

 このエボラ治療薬研究の一部は、テクミラ・ファーマスーティカルズ社と米国陸軍感染症研究所との協力の下で行われた。この研究とフェルドマン氏による解説は2010年5月29日発行の「The Lancet」誌に掲載された。

Amitabh Avasthi for National Geographic News