「人が死にゆく時の知恵」


スピリチュアルという言葉が含む多様な意味の中には'「死後の生存」と「霊界通信」を認める考え方もある。


それがスピリチュアリズム(心霊主華O掛野いもの鳥なされることは多いし、時には実際芯「事件」を引き寧Jすこともある。


「しかし、宗教的な思想としての心霊主義には検討に値するものもあるのではないか」。


そんな思いから、スピリチュアリズムの研究に放り阻む宗教学者である。

とりわけ注目しているのは、19世紀に英米で勃興し、作家のコナン・ドイルなども信奉者だったことで知られる近代スピリチュアリズム。


当時は見せ物的な交霊会なども盛んだったが、時には思想性の高いメッセージが「死者」から寄せられることもあった。

そんな観点から、当人の意思とは無関係に勝手に手が文字をつづる「自動書記」により、英国で学校教師をしていたステイントン・モーゼスが著した『霊訓』(1883年)を高く評価する。


「その内容には、比較宗教学の講義と聞こえるようなものも含まれています」


現実に存在する宗教は様々な「爽雑物」にまみれてはいるが、すべての宗教に通じる永遠の真理といったものは確かにある---。


『霊訓』で展開されるそんな思想は、実は相当に普遍的な意味をもっている、とする。


「例えばほぼ同時期、比較宗教学の栂といわれるマックス・ミュラーも『諸宗教』を比較研究することで、すべてに共通する『宗教そのもの』を探ろうという学問を始めているのです」。


そうした思索の跡は、2005年に刊行した『<霊>の探究』(春秋社)に詳しい。


そもそもスピリチュアリズムに関心をもったのは、自分自身や近親者がいずれ死にゆくことへの根源的な悩みがあったから、だという。


それは大学でいったん農学部を出たあと、改めて宗教学を学び直した経歴とも無縁ではない。

そして今、死後生存や霊界をめぐる観念は、人々が「死にゆく時の知恵」たりうると患う。


「例えば『千の風になって』の大ヒットひとつ取ってみても、多くの人たちが死後の生存は本当にあるかも、と感じていることの表れではないでしょうか」


人々の宗儀離れが叫ばれる現代。


スピリチュアルを巡る議論に独自のスタンスから光を当てていこうと考えている。


(除田英之)

スピリチュアリティの探究者[4]

つしろひろふみ

津城寛文さん 51(筑波大教授)



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