2015年8月、母の小細胞肺がん発覚。希望となる情報は極端に少ない。担当医も希望的な発言は一切なく患者は自分の生きる希望を自分で見つけなければならない。本当に厳しいのかもしれないけど、同じ結果なのかもしれないけど、希望を持って生きていきたい。