311。あれから15年。



東京郊外から遠く離れた東北で、未曾有の被害により、たくさんの命が奪われました。


あの日私は、パソコンで作業をしていました。


2回の大きな揺れの1回目から、すぐ停電となり、あらゆる電気が使えず、街の信号も止まっていました。


なんとか、プロパンガスだけは作動していましたが、ロウソクの火をつけて


ラジオをじっと聞いていました。


あの日を境に、死を意識したのは言うまでもありませんが、、、。


私は子どもの頃から死を意識してきた記憶があります。


特別、重い病があったわけでも、事故にあったわけでもなく



おそらく、信心深い祖母の影響だと思います。


他人の不幸や死を絵空事のように

聞いてはいけない。


事故や事件を取り上げるNewsを見ながら、祖母は手を合わせる人でした。



祈ることしかできないけれど


どうか少しでも、遺族の心が癒えますように。