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美術館巡りの小さな旅

カメラ片手に美術館を巡るお出かけや旅行をArtripと呼んで、ご紹介しています*

 

自分自身が、ものすごく憧れながら、けれど絶対になれないと思ってきた職業がある。

 

PRすべきものの良さや必要な情報を短いセンテンスにぎゅっと詰め込み、わかりやすく、且つ印象深く伝える、「コピーライター」という仕事だ。

 

けれど今回、ある展覧会に足を運んだことで、それと同じく、「ポスターデザイン」「グラフィックデザイン」の持つインパクトと訴求力に大きな衝撃を受けた自分がいた。

 

一瞬の視覚情報で、観る者に「伝えきる」力。

 

商品の狙いやPRの方向性にもよるのかもしれないが、やはり「ポスター」においては、やんわり伝える、想像させる、暗示する、ニュアンスを感じとらせる、というのでは足りない。

対象の魅力や情報を、一目で「伝えきる」必要があるのだ。

 

そしてそれは、突き抜けた才能とアイディア力、斬新な感覚を以てこそやっと成立するものなのだと、今回の展示を通し実感した。

 

そんな能力に長けた一人の天才が生んだ、いつまでも新しく、どの時代に目にしてもモダンなポスターたちを観に。

  

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今回は、埼玉県立近代美術館で開催中の「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」についてご紹介させてください…*

 

(本来、今回は瀬戸内国際芸術祭の直島Artripの続きを書かせて頂く予定でしたが、会期の都合上、こちらを先にアップさせて頂きます…!更新が前後してしまい申し訳ありません)  

 

 

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「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」

埼玉県立近代美術館

2017年2月11日 (土・祝) ~ 3月26日 (日)

10:00 ~ 17:30 (入場は17:00まで)

休館:月曜日 (3月20日は開館)

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「カッサンドル」?

その名前にピンと来た方も来なかった方も、まずはこちらの書籍をご覧ください。

 

 

沢木耕太郎の名作「深夜特急」。

お読みになった方も、この表紙を書店で見かけたことのある方も多いはず。

 

…そう、この表紙絵こそ、カッサンドルの作品。

一目見ただけで、「特急」のスピード感、疾走感が伝わってくる、なんともインパクトの強い画面だ。

 

ウクライナ出身のカッサンドル (1901-1968年)は、フランスで活躍したグラフィックデザイナー。

 

舞台芸術やオリジナルフォント(タイプフェイス)の考案、絵画なども手掛けたが、やはり彼の真骨頂は1920〜30年代にかけてキャリアの絶頂を迎えた、広告・ポスター制作であろう。

 

ファッションブランド「BA-TSU」の創業者兼デザイナーの故・松本瑠樹氏のコレクションから、今回は、上記のような一度は目にしたことのあるポスターをはじめ、その原画までもが複数出展されている。

 

今でこそ、パソコンでさくっと打ててしまう文字も、さっと引けてしまう線も、当時の「手描き」ならではの味や推敲のあとが窺える原画は必見。

 

いざ、展示室へ。

 

※ 展示室内・作品の写真撮影は、特別な許可を得て行っております。

 

…普段、簡単に印刷物やWEB上で観ることのできてしまう「ポスター」を、美術館で実際に鑑賞することのメリット―それは、展示室に入るとすぐにわかる。

 

中央奥:カッサンドル「ピヴォロ」1925年

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…そう、この「サイズ感」!!

 

ゆとりを持って配置された、かなり大き目サイズのポスター。

今でこそ技術の発達で宣伝方法は多様化しているものの、あの時代、やはり街中で目に留めてもらうには、物理的な「大きさ」というのは相当重要な要素だったのだろう。

 

なんとも壮観、というか、サイズに圧倒される感覚が心地よい。

この時点ですでに、「あぁ、足を運んでよかった…」と思う自分がいた。

 

下図一番右手に見えるのは、カッサンドルが初期に手掛けたパスタのポスター。

 

右:カッサンドル「ガール」1921年

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…しばらく見つめて、首をかしげた。

 

冒頭で、ポスターにおいては、一目で魅力と情報を「伝えきる」力が必要だと書いていたが、この作品に限っていえば、このなかばホラーがかった不気味なキャラクターと絵面からは、パスタの「魅力」も、そもそもこのポスターが「パスタの広告である」という情報も、ほぼほぼ伝わってこないのである。笑

 

とはいえこれはまだ初期の作品。天才にもこんな時期があったのだと、少し親しみやすさを感じてしまう自分もいた。

 

同時に、これは当時活躍していた先輩ポスター作家の影響のある作風だそう。そうして先人や同時代の事象・人物の影響を受けて咀嚼し、自分のものにしていくのは当然のこと。

カッサンドルもバウハウスなどの影響を受けながら、独自の幾何学的センスを織り交ぜて大活躍をしていくわけなのだけれど、実は彼ののちの人生に、そうした「他者からの影響」が暗い影を落としていくことにもなる。

 

…さて、展示はここからどんどん、彼がその才能をバリバリ発揮し、ポスター界の寵児としてその名を轟かせていった作品群のオンパレードとなっていく。

 

なかでも注目は、家具屋の宣伝ポスター「オ・ビュシュロン」(1923年、改変版 1926年)

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まず、その横長のサイズ感。

木を切るところから、上質な家具が作られていることを強いインパクトを以て表現している作品だが、最早アメコミかと言いたくなるような(この時代にこんな画風だったのがすでに新しい)力強いキャラクターの描写と、V字の構図が印象的。

 

カッサンドルはこの1923年版の作品により現代装飾美術・産業美術国際博覧会でグランプリを受賞し、一躍その名が知れ渡るようになった。

 

そしてやはり、ポスターとしての面白味は別にもある。

このポスターが、当時どこでどんな風に掲示されていたのかを写した写真も展示されていたのだけれど、建物の壁一面に、連続で、このV字構図が反復するように貼られていたのである。

パッと見は、ゆるやかなV字の連続がヘリンボーン柄のよう。このサイズのポスターが壁を覆い尽くすのだから、そのインパクトは相当なものだっただろう。

 

こういった掲示方法による効果も計算して作られるというのが、ポスターの面白いところかもしれない。

 

 

他にもタバコやお酒などあらゆる広告を手掛けた彼だが、ここからは冒頭でも紹介した「深夜特急」の表紙のような「鉄道」広告たちが現れる。

 

なかでも、「ノール・エクスプレス」(1927年)から伝わるのは、その猛烈なスピード感

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 火花を散らしながらものすごい速さで進む特急―それを、車輪のみを大きく描くことで表現している。

全体を金属的なモノトーンでまとめた中で、火花の赤はかなりのインパクトを残す。

 

また、フォント(タイプフェイス)にもこだわっている彼は、この作品では、横方向の素早い動きを表現すべく、文字の縦線を見えにくいチャコールグレーで塗り、横線を白で目立たせるなどの工夫を加えている。

(今回の展覧会名のロゴ(冒頭の画像参照)も、彼が考案したフォントだそう!)

 

そもそも、「鉄道の広告」と言われて、”車輪のみ”をクローズアップするという発想は、今でこそままあるかもしれないが、当時はかなり斬新だったのではないかと思う。

 

更に原画の中には、手書きならではのコンパスの針あとなども見える。

印刷物には見られない色むらや、コラージュ部分とそうでない部分との違いも興味深い。

こうしたものをじっくり見られるという意味でも、原画が複数展示されている本展はとても貴重だ。

 

この時代は鉄道だけでなく、道路の開通や飛行機など、交通網が飛躍的に発展した。カッサンドルのポスターには、そうした時代性も反映されている。

 

そんな、数ある公共交通ポスターの中で、個人的なお気に入りは「深夜特急6」の表紙を飾った「エトワール・デュ・ノール」(1927年)

 
 

車輪のフィーチャーから、今度は線路のフィーチャーへ。鉄道の名前にかけて、線路の先に輝くのは北極星。

 

とてもシンプルな構図ながら、消失点の先の星がぱっと目を引き、ポップで可愛らしい。

瞬時にちゃんと、鉄道の広告であること、鉄道会社がどこなのかも伝わる。

 

 

そして、鉄道と同時に、この時期、国の威信をかけて製造されていたのが、大型船!

 

ここでは、最早カッサンドルの代名詞とも言えるような「ノルマンディー号」のポスターがお目見えする(こちらも「深夜特急5」の表紙から引用させて頂きます)。

 

 

 

…だが、これはいい意味で予想を裏切られた。

ポスターが、想像より「小さい」のだ。

 

なぜそこに驚くのかということだが、このノルマンディー号のポスターは、これまであらゆる媒体で目にしてきた記憶があった。そのたびに、下から煽って見上げる形でどでんと描かれたこの船のスケールが、それはそれはものすごいであろうことが伝わってきていた。

 

船の左下には点のように小さな鳥が飛んでおり、その比較の効果もあって、威風堂々とした大型船、ゴゴゴとものすごい音を立てて動くのであろうそのすごみと臨場感とが、一発で感じられたのである。

 

ゆえに、このポスター自体も、ものすごく大きなサイズであることを想像していた。

それが、初めて目にした実物のポスターは、ごくごく普通サイズのポスター。

 

このサイズのポスターで、あれだけの船の大きさと威厳を表現できるだなんて、カッサンドルの「見せ方」「伝え方」の才と、それを表現する技術は、当時どこまでも冴えわたっていたのであろう。

 

その後も、化粧品や食べ物など、今見ても「お洒落」「モダン」「斬新」と思えるポスターデザインが続く。

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なかでも注目は、今では食前酒として親しまれる混成酒「デュボネ」の広告。

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ポスターに登場する「デュボネ君」なるキャラクターは当時人気を博し、帽子や灰皿など、さまざまなグッズまで制作されたそう!

 

ここまで宣伝されると、その「デュボネ」なるお酒を飲んでみたいと思えてくる(宣伝効果に見事に乗せられている)。

 
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Amazon
 
実はのちに「デュボネ」を口にする機会に恵まれたのだけれど、一口飲むとジュースのような甘さと濃さが口内に広がり感動。サングリアと梅酒を煮詰めたような(?)、とにかく甘くて苦みがないお酒だった。

 

 

…さて、そんな稀代の売れっ子ポスターデザイナーとして過ごしたのち、1930年代に入ると、カッサンドルは当時付き合いのあったバルテュスの影響もあり、本来憧れていた「絵画制作」の道を模索し始める。

それまでのシンプルで、直線や曲線を巧みに配した幾何学的だったりモダンだったりしたポスターたちから一変、違った方向性に向かっていくのだ。

 

なかでも彼は、シュルレアリスムの影響が如実に表れた作品を制作するように。

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 たとえば「パリ」(1935年)などの作品はかなり強めのジョルジョ・デ・キリコ風味、彼が手掛けたアメリカの雑誌『ハーパーズ・バザー』の表紙絵はまさにダリやマグリットを彷彿とさせるモチーフや描法が多く見受けられる。


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 その後も、オリジナルフォント(タイプフェイス)の考案やレコードジャケットのデザインなど精力的に活動を続けるものの、ポスターデザイン絶頂期に冴えわたっていた彼独自のセンスとその勢いは、少しずつ弱っていったようにも見える。

 

初期ポスター作品の部分で少し触れたけれど、彼が他から受けた影響が、彼の制作に少しずつ影を落とす形になっていったのかもしれない。

 

自分が本来極めたかった「絵画」の道と、自分が評価された「ポスターデザイン」の道。

その狭間での苦悩やもがきが、後期の作品たち滲んでいるような気がした。

 

…とはいえ、今見ても「新しい」彼のグラフィック/ポスターデザインは、現在にいたるまで、後の広告界、デザイン界に多大な影響を与えている。

 

アメリカで開催された彼の個展カタログ(ニューヨーク近代美術館)の表紙には、目を矢で射ぬかれた人物が描かれていた。

 

…まさにその通り、彼のポスターは、一瞬の視覚情報で、大きなインパクトと情報を、観る者に伝えきることができる。当時の街中で、そしてこうしていま美術館で彼のポスターを観た人は、まさに矢が目に刺さったかのごとく、その鮮烈なデザインに心を射抜かれていくのだ。

 

そんな彼のセンスが光る珠玉の作品の詰まった本展。

 

色々な商品の広告がさまざまなサイズで並び、また、彼のデザインや画業の変遷を追うこともできて、最後まで飽きのこない展示。何より、これだけ保存状態の良好な個人コレクションと、その原画が見られるのは大変貴重な機会。

 

ぜひ皆様も、その視覚的インパクトを受けに、足を運ばれてみてください…*

 

 

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「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」

埼玉県立近代美術館

2017年2月11日 (土・祝) ~ 3月26日 (日)

10:00 ~ 17:30 (入場は17:00まで)

休館:月曜日 (3月20日は開館)

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いつも、美術館めぐり―Artripをご覧くださり、有難うございます♪

 

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