あまり気を見る事には興味がなく触覚を頼りにしていたけれども、下記の記事でおぉ!と驚くことがありました。
"僕らが暗闇を手探りで何かするとき、触ったものをいちいち視覚情報に翻訳しています。いまこのブログを読むのをやめて、目をつむり、周りを触ってみましょう。もちろんいままで見ていた映像の記憶はあるでしょうが、触っている感触を映像に翻訳して認識していることに気付くのではないでしょうか?
ということは逆に気感があるならば、触覚で認識できた気を映像に意識的に翻訳してみるといいかもしれません。"
読んだ瞬間ビックリしてすぐに試してみた所、おっしゃる通り私も映像に翻訳して認識していました。
そして実際に気の玉を手で触っている感覚を映像に翻訳しようとしてみた所、おぼろげながらですが、気の視覚化ができました!!
"そのとき、ぼんやり「見た」ものが、気を見るための萌芽となります。
「見た」ものを否定せず、「気のせいかも」などと思わず、あいまいでぼんやりしたままを維持することがいいです。気感は最初はささやくように微妙なものです。その微妙さにチューニングするイメージが重要です。"
とのこと。
これで萌芽はゲットできたので、ぼんやりを維持していきたいと思います。
それにしても、映像に翻訳という言葉がすごく気に入っています。
そして気を見るなんて私にはできないのかもという呪いを自分でかけていたんだなという気づきもありました。
吉日 ᐠ( ᐛ )ᐟ