きょうは
たくさん空を見あげた日でした。















フェアリードアでお世話になっている
ピコニコラ ハツエさん。





こんな記事↓が目に飛び込んできて、
びっくりしました。





ぜひ、ぜひ。
リブログ元から読んでみてください。





  


ほんとにやさしい気もちになる。









そして、
ほんとびっくりした。









と言うのも、







長いこと
虐待的な環境に居た
あの子やこの子が、



疑いたくなったこと


警戒したくなったこと






そんな
あの子の見ていた世界に、



あの頃のわたしは
どれだけ寄り添えていたかなあ?








って、きのう、
ドライブしながら
ふと思っていたのです。
















最近、公認心理師の
現任者講習会のオンライン受講をしてるので



育休中の身ですけど、
すごく仕事のことを思い出すのです。












付け焼き刃の知識を学び、
取ってつけたような良心を携えて、


いくら罵られても
いくら拒まれても


またニコニコと近づいていき、
またこちらの話を進めていき、
また必要な場面では説教もする。










そんなわたしは、
あの子やこの子の眼に、
いったいどう映っていたのだろう?










わたしがあの子だったとしたら、
ほんとうは何をしてほしかったかな?















あの頃のわたしは




支援者として、
信用されたかった。



支援者として、
嫌われたくなかった。







そして





出来ることなら、
スムーズに仕事を進めていきたかった。












あの子の拒否や警戒や
あらゆる罵詈雑言が、




あの子が
あの子の世界のなかに
新しく安心を生み出すための、
あまりにも尊いプロセスのひとつだった




ということを、
ほんとうのほんとうには
まったく理解できていなかった気がします。















それなのに、
そんな中で




わたしと向き合ってくれた時間


わたしと向き合って発してくれた
言葉や、身体表現





そのすべてに
ほんとうにありがとう、しかない。














それが、
あの子の生み出した
戦い方だったのだから。





それが、
この子の身につけてきた
生きる術だったのだから。









  

わたしたち支える側は、




嫌われてもいい。


疑われてもいい。


警戒されてもいい。











嫌われたり、


疑われたり、


警戒されたりするところに




その相手の世界との接点が
はじめて生まれるのだから。














いまでも忘れられない。



わたしに手紙を投げつけた
あの日の、あの子のまなざしに、



わたしはどれだけ
寄り添えていただろう?












娘と保育園の帰り道に見つけた
細い細い三日月。




吹き飛んでしまいそうに
あまりにも細かったけれど、
確かにそこにあったよ。













春から働くときも、
いまの気持ちを忘れないでいたいな。










読んでくれたあなたに。


いつもまっすぐな言葉を投げかけてくれる
ハツエさんに。


たくさんの仲間や子どもたちに。






いつも、ありがとうございます。







おやすみなさい⭐