盆に入る週の月曜日、昨年６月にお連れ合いを亡くされた方と、半年前から私と同じ町内に住むようになった夫の教え子Sのおふたりを招いて小さな集いを持った。

　「今日もかみさんと一緒にきました」と、座を囲むとすぐに彼女の写真を出されたので、では夫が大切にしていたものをと、おおぶりな杯を写真に添えた。佐渡で白馬というこの杯は九谷の二合徳利とともに、夫の生家の寺で古くから使われてきたもので、先代の住職に請うて夫が徳利と杯ひとつずつを貰い受けていた。

　清々しく微笑む彼女も夫の教え子だ。４０年以上まえに鬼子母神の安産を祈願するミミズクを持って数人の仲間と一緒に、大きなお腹の私を見舞ってくれた学部生時代から、まん丸い黒目をクルリンとさせる独特の笑みが印象的な、聡明で美しい人だった。２年前の正月に起きた夫の急に教え子４人が入院先まで駆けつけ、私たち家族とともに緊急手術中の夫を長時間待ってくれた。そのひとりだった彼女がその後間もなく体調を崩し、瞬く間に夫より先に逝ってしまった報を受けたときは、驚愕のあまり二の句が継げなかった。

　夫の最期の本が刊行され、それを送った際にもらった彼女からのメールが、奇妙に乾いた文面でそれが気にもなったが、きっと忙しいのだろうと遣り過ごしたが、それは病の床から気力絞っての返礼の言葉だったわけで、彼女の誠実な性格を思うと、こみ上げるものがあり胸がつまった。

　抗がん治療にもいっさい弱音を漏らさず、病室で学生たちのレポートに対応し自身の論文集刊行の準備する様を目にした病院関係者たちは、彼女の精神力の強さにとても驚いたと聞く。

　すでに項目だてもされ準備万端たっだその論文集は、かならずや刊行されるべきと、Sと私が彼女の弔問に伺った席ですぐにその話は始まった。彼女が４０年かけ調査研究したものは、その分野では希有なもので後生に遺すべき貴重なものだと、普段は淡々と会話するSの、めずらしく熱をおびた口調に耳を傾けていると、一途であった彼女の人となりが眼裏に浮かんでくる。

　当初の予定では出版社の社長と担当となる方も同席するはずであったが、ウイルス禍の高まりに配慮し、Sとお連れ合いのみが集うことになった。件の本は来年６月の学会までに出版される。夫の件といい彼女の件といい、Sの多忙ぶりにはいつも申し訳なく頭がさがる。

　重箱料理という、沖縄にある亡くなった人を悼む特別な料理をこの日には供したいと、何度も口にしていたものだから、今帰仁の仲良しが、食材を調達し、そこに指南の書き付けまで入れて送ってくれた。２階にある台所は夏でも風が吹き抜けるのだが、この猛暑の日々にあっては、日が昇り３時間もすると室温が３５度を越えてくる。２日前から早朝の２時間に限り、食材の長さを揃えるのに物差を使い料理の下ごしらえ。そのかいがあってか、仕上げた重箱料理の写真を見た今帰仁の仲良しの夫は「もうこれで沖縄の嫁になれる」と笑ったらしい。いやいや料理が積む最中から崩れていくので、「あぁ、功徳が足らぬからこうなるんだ」と独りごちしながら懸命に盛り付けたと白状すると、電話の向こうで弾けるような笑い声が響いた。

　これはここが美味しい、あれはあそこでなくては手に入らぬ、と仲良しが手間をかけ食材を揃えてくれたおかげで重箱料理が整えられたと感謝する私に、「アンタァが嬉しかったら、ワタシも嬉しいさぁ」と彼女は何度も繰り返した。

　沖縄の今年の盆入りは１０日、その当夜に今帰仁から電話があった。今日はお盆初日のウンケーなので空き家になっている実家を掃除し、仏壇にジューシーを供えてきたという。明日のナヌカビには那覇から妹さんもやってきて、そうめんや煮付けを用意する。あの世にご先祖さんが帰られる最終日のウークイにはお供えした重箱料理、ウサンミをみんなでいただくそうだ。

　沖縄の仲良しと語らうと、人とのかかわりあいの丁寧さを、よく意識させられる。生者だけでなく死者に対してもあの人たちは隔てなく、あたりまえのように温かな思いを及ばせ暮らしている。

　瞬く間に逝ってしまった彼女は、山形が故郷だった。ちょっとした思いつきでジーマミ豆腐にだしを添えてみたら、お連れ合いがとても喜んでくれた。彼が喜んでくれ、私も嬉しかった。

　少し前に仙台から送られた燻製ホヤのオリーヴ油漬けが、この日あまりにも美味しかったので、早速その礼を伝えたら再度すぐに仙台から荷が送られてきた。

　近所同士ではない私たちだが、おそらく最期の最期まで調理のあれこれや、旨いものについて会話を弾ませていくのだろう。

　明日はこちらの盆の入りだ。ひどい方向音痴の夫が無事に帰って来られるのか、心許ない。私のそうした心地を知ってか知らずか、数日前におしゃれな青年が、独りでもの思うときに灯して、と白樺の樹皮が巻かれたキャンドルをくれた。そうだ、迎え火にはこれを灯そう。滅多に見かけぬ灯火ならば、道に不案内の夫でも無事ここに帰って来られるはずだろうから。

沖縄の重箱料理