引き出しの、奥の奥に乾燥赤こごみが眠っているのに気づいた。

何回も湯がき溢しを繰り返す干しこごみを構う手間がないまま慌ただしく、存在すら忘れていた。

少し前に読んだ『ホハレ峠』の廣瀬おばあさんの山料理に刺激されていたのかもしれない。突然赤こごみを煮る気分がわいた。

たっぷりの水をはった鍋に入れ、湯が沸いたらそのまま冷まし、また水を代えて火にかけるを繰り返し戻したこごみと油揚げを、出汁で煮る。

外遊びから帰ってきた子供の髪から立ち上る、あの日向くささと同じ味がする。

伝わる料理を知らぬ都会生まれは、夫の任地盛岡で土地のにおいする料理と出会い、心底たまげた。

以来、どこを旅してもその土地のにおいと味はテ－マのひとつだった。とりわけ干したり発酵させたりの保存料理に関心がくすぐられるのは、それらにその土地ならではの知恵の結晶を見るからだ。

仲良し数人があれよこれよという間に、私と同じ独り暮らしになった。そうした歳ごろなのだろうか。独りになった事情はそれぞれに違うが、走り続けた緊張が突然解けた後の、奇妙な空虚さに身をモジモジさせているのは皆おなじ。残り少ないはずの時間との向き合いかたを、てんでにしゃべり、話題は尽きない。

彼女たちは、料理する手間が面倒になったと口を揃える。ならば何処かで会食をしたくても、今はそうした展開がしにくい時分だ。

台所に立つのはひとつの趣味、と公言してきた私の惣菜作りに出番がまわってきた訳でもないだろうが、我が家の食卓で彼女たちが昼を摂ることが最近多い。

彼女たちが来ると決まれば、献立という言葉が浮かぶ。めったに使わなくなった言葉のひとつだ。

キャベツの和風サラダ、ユリ根入りの卵焼き、肉とピーマンの梅醤油炒め、煮豆、ニラ入り卯の花に件の赤こごみ。本人は何も言わないけれど生野菜が噛みずらそうなひとりの為に、キャベツにはさっと火を通した。

心の痛みに寄り添うことは難しい。それぞれの事情にかける言葉を見つけるのも、なかなかだ。

ひと癖もふた癖もある厄介な物書きに呟かれたひと言が、耳奥に残っている。

１度でも卓を一緒した人間は信じられる

手料理が振る舞われると思ったから、昼はチキンラ－メンだったと吐露したときの彼の、いかにも恥ずかし気な顔には無垢な心が伺えた。

手料理には手料理なりに、人に伝える何かしらの力があるのだろう。

おひとりさま食堂の主するのも悪くない気がしている。