ハァー　この家の旦那様は　

俵積みが大好きで

　お国はどこかとお聞きある　

コラ

　私の国はナア　コラ　

出雲の国の大福神

　日本中の渡り者　コラ　

俵積みの先生だ

　先月に仕上げたザクロとドングリの図案と、あらためて向き合い直す。熟した実が溢れんばかりのザクロや丸々したドングリのふっくら感も手強いが、その豊穣の喜びを踊るように彩る樫の葉のステッチの表情がなかなか超えられない課題なのだ。

　俵倉には米を積む　コラ　

七万五千の御俵をば

七十五人の人足で

　大黒柱を取りまいて　コラ

　P.smerloのステッチのひと粒をpagniottinaという。小さな丸パン。米食の国の者だからではないだろうが、このpagniottinaを積み上げる作業をしていると、「俵積み唄」のめでたい文句が脳裏に繰返し流れる。南部三戸あたりに伝わる門付け唄だ。

みごとに俵が積みあがれば、樫の葉も豊穣を祝し踊るかのように表れるはずなのだが。

　　大西暢夫著『ホハレ峠』には、蚕を入れた大籠を担ぎ、岐阜揖斐から滋賀高山まで山越えをした廣瀬ゆきゑさん１４歳の記憶が記されている。徒が主だった移動の時代は、拓けた道を行くより急な道筋であろうが、峠を越えたほうが早かった。

日数がかかれば手間暇かけ育てた蚕も繭を割って、蛾になってしまう。蚕以外に家族の弁当も入れ、14歳のゆきゑさんはホハレ峠を越えた。

荷を担ぎこうした山道を行き来する仕事を当時ボッカといったそうだ。そういえば高校で山岳部にいた次男からボッカ訓練という言葉をよく聞いた。

往路は７０から８０Kの荷を、帰りは５０から６０Kの荷をボッカは担いで山道を通ったそうだ。

幼いころ、背丈を超えるくらいの籠風呂敷を担ぎ日暮里あたりから乗り込んでくる野良着姿の女性たちの風景を思い出した。背丈以上の荷を担いだまま尻をシートにかすかに乗せいっとき身体を休めると、それぞれの駅で三々五々散って行った。子供の眼にはそうした大荷物を担いでも軽々歩ける女たちの姿が、不思議で仕方なく映った。あの荷はいったいどのくらいの重さだったのだろう。

佐渡では６０Kある米俵を担いで規定の畦の長さを無事歩き通せば、それが大人となった証だったと、義兄から聞いたことがある。それは「大人」認定の儀式であり、成人式で執り行われたらしい。

　「俵つみ唄」は、７万５千俵の米俵を人足７５人で倉入れしたと唄う。ひとり６万キロの米を運ぶ計算だ。おそろしい有様が、軽妙な囃子で唄われている。

かつて人は自身の体重と同じくらいの荷を運ぶ能力が誰にも備わっていたと、何かで読んだ。潜在的なそうした能力を使わなくなり、身体エネルギーを持て余した行く末に、SNSの匿名の誹り合戦があるのではという。

　蒲柳の質であると、長年それを何かにつけ私への言い逃れにしてきた夫だが、今夏もすわっ、看取りと向き合わねばならないのかと家族が緊張した数日があったが、のち小康を得て一時帰宅の願いを家族が再び持ち得るほどに回復しつつある。

山寺の、寺より上に集落はなく都会の学校に通うまで下駄と長靴しか履いたことがなかったという夫は、原始的な能力を潜在させているのだろうか。小首を傾げたくなる。

　ザクロとドングリのドイリーを布づけした。丸をまるく表すのは難しい。「これ食うて茶飲め」の軸を拝見したのは、高校時代の恩師の家の茶室だ。夫が病室を見舞ったすぐあとに、その恩師は逝った。結城素明門下の画家を父にもつ恩師は、壁にあるカレンダーを朧に見て、「あの壁にある絵は何が描いてあるのだろう」と夫に問うたそうだ。それが恩師の最後の言葉だ。

出会いと学びと別れの連鎖で生が成り立っていると、最近痛いほど感じるのも、私が充分過ぎるほどに歳を重ねたからなのだろう。