米と待ち合わせした時、サマセットモームのお菓子とビールを読んでいて、これだけ名作が沢山ある中で、同じものを読んでいて嬉しかった。

たぶんシンガポールに出張する事が多いから、読んでみようかと思ったんだろうな。

友達って不思議な縁で結ばれている。

土曜日は米と新宿で飲み。

本当はビアガーデンに行こうと誘って、神宮外苑のビアガーデンに行ったのですが、着いたら3時間待ち・・・

新宿へ移動して、ルミネの屋上で振られ、京王百貨店の屋上で振られ、しようがないので普通のビアホールで飲みました。


いつも明るく、機嫌良く、疑わないでいることを求められる。

だけどそれが本当の私だったら、人の気持ちなんて解らないと思わない?

仕事をしている間は、そんな自分を演じなければいけなくて、だけど一日の大半の時間は仕事をしているのに、その内に本当の私なんて無くなっちゃうと思わない?


私は子供みたいなことを言って、それに一々に「そうだね」と言ってくれる。


私は自分の頭の中だけでは色々なことを処理出来なくなっていて、彼に、自分に問うようにいろんな事を言って、彼が「そうだね」と言ってくれる度に、頭の中に散らかっているものが、本来あるべき場所に整理されるような感じがする。


米がいなければ、今はとても孤独だっただろうし、これまでも私という人間は彼に少なからず影響を受けて形成されてきた。


それが、彼氏と銀座に大きく揺さぶられて、根底からよく解らなくなってしまっている。

あの人は、本当に感覚だけで生きている様な人。

自分の感じていることも、思っていることも、正しく言葉に置き換えて人に伝える事が出来ない。

考えなくても、前向きなら何とかなる。

本気でそう信じているのだと思う。


理論的に考えないから、その時に感じていることを伝えようとしても出来なくて、違う言葉で誤魔化して、どんどん違う事が伝わって、収拾がつかなくなる。

改善するとか、解決するとか、相手を説得するとか、そうゆうことは苦手で、感じたままに動こうとする。

感じたままに動くことが、弱さだだったり、逃げだったり、裏切りだったりしても、自分に後ろめたい感情からは目を逸らして、心暗さを感じずに前向きでいる事が出来る。


そうゆう彼のことを、あながち間違ってはいないとも思う。

全てfeelingだけで生きて、何も疑わずにいられるなら幸せかもしれない。


そうゆう風に生きている人も大勢いるし、その方が生き易い世界もある。

もしかしたら、東京というのはそうゆう所かもしれない。


新しい傷に便乗して古傷が痛む。

これまで付き合って来た人達の、心変りや裏切りがフラッシュバックして、受け止められなくなって、自分が壊れない為には、心の何処かを麻痺させて、リアルからは目を逸らして、自分の手に負えるだけの感情しか請け負わない様にしなければ、ちゃんと生きていけないのかもしれないと思ったりもした。


だけどそれが出来てしまうなら、それは既に壊れているのでは?

それが生きるということなら、何のために生きるのか。


たぶん、何も疑わずに生きられる大人などいない。

疑わない為には確信がいる。


私はずっと彼のことがよく解らなかった。

言えないこと、聞けないこと、理解できないこと、聞いても頓珍漢な答えが返ってくる。

彼は、いつも明るくて、機嫌が良くて、自分を励ましてくれて、元気にしてくれる私が好きだった。

そうゆう私と一緒に居て、アドレナリンが出ている状況が好きだった。


だけど私は、私を理解して、私を好きになって欲しかった。

何が気に入らないのか、何が好きなのか、何が大切なのか、希望的な目線じゃ無くて、真正面から私を観て、理解してほしかった。

色んな事が通じなくて、噛み合わなくて、イライラしてばかりだった。


米だったら、特に口に出して発表しなくても、似たような事を感じていると思える。

米じゃなくたって、同じ空間や同じ出来事を共有すれば、同じ様に感じる人は大勢いると思う。

なのになんで、あの人を好きになったんだろう?

私も結局、ただ甘えさせてくれる人が欲しかっただけかもしれない。

昨日は広島のお客さんが来てくれました。

お店、代わらなきゃいけないかもしれない・・・と言うと、どうしたら大丈夫なの?と心配してくれて「どこへ移っても着いて行くから」と言ってくれました。


前のお店から移る時「そんな店へはよう行かん、行かんほうがええ」と言いながら、ちゃんと来てくれているNさん。


勇気が出ました。