昨日は米の誕生日で恵比寿で飲み。

ビストロ→お好み焼き→立ち飲み。


1時頃に米に限界が訪れたので、彼を帰して以前行った事のあったBAR松田へ。

このお店はカウンターが無くて、マスターが司会者の様に中央に立っていて、最初はちょっと不思議な感じを受けましたが、妙なアットホーム感があり、家の近所にあったらチョイチョイ行ってしまいそうな感じのお店でした。



PDといい、LAGといい、最近BAR運が良いな。

今日は台風の影響で出勤調整を食らってしまいましたよ。

だけど一応、何があるか解らないので銀座で飲みながらスタンバってました。


今日行ったのはマスターお一人でやっている定員10名程のカウンターバー。

ここのマスターは小林秀雄や坂口安吾の話が出来る希有な人。

この銀座村では、一番まともな人じゃなかろうかと思う。


ちいさな哲学者たちという映画を観てきました。

幼稚園の授業で哲学のクラスを取り入れたフランスの幼稚園の2年間を追ったドキュメンタリー映画です。

ご興味のある方は↓

http://tetsugaku-movie.com/


哲学の基礎の基礎、考えること、考えを掘り下げること、話し合うこと。

まず何をする?脳を働かせる、考える、考えたことを口から出す、話し合う。

子供は素直で、感じたままを口から出す。

ボキャブラリーや経験が無いので、出している言葉が親の受け売りだったりもするけれど。

それでも、どきりとする様なことも言う。

4歳、うちの姪が4歳の時は、お絵かき、何とかごっこがメインの遊びで、空想の中で遊んでいるのが常の様に見えたけど、本当はきっと色々なことを考える力を持っている。

妹のことを疎ましく感じていたり、姉の顔色を伺っていたり、色んな事を感じて、自然と振舞い方を身に付けている。


考えるということを教えないと、自然と自分を騙すことを学んでいくのかもしれないと漠然と感じた。


哲学や理論を身につける事が感性を鈍らせるように感じたり、考えて、掘り下げて、他人と交換して、真実を探したいという欲求が、虚しいものに感じて、そんなものが無い方が生き易いと感じることもあった。

だけど生きている以上、それを捨てることなんてできない。

この映画を観て、何か少し安心しました。