Cry for the moon…
第一話 「お前と俺」
君と交わす「おはよう」も「おやすみ」も俺の全てだった。
幸せの一瞬だった。
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「沖田さーん!」
どこからか聞き慣れた声にふと顔を上げる。
必死に捜す声色にS心がざわつき、ニヤリと笑う。
気づかないフリをしてそのまま畳の上へ寝転ぶ。
アイマスクをして目を閉じれば、
今頃必死な顔をして探してるんだろうな…
と想像して含み笑い。
幼馴染だが、仕事の時は俺のことを、"沖田さん"と呼びやがる。
名前でいいって言ってるのに、それは駄目!と断固として譲らない。
…彼女だからこそ、名前で呼ばれたいんだけど?
「あ、あの…総、沖田さん見かけませんでした⁉」
おそらく、隊士にでも聞いているのだろう。
…ほら見ろ。総悟って言いそうになってるじゃねーかィ。
「沖田さーん!…あ!いた!」
そいつは俺が寝転ぶ部屋の前で止まった。
…こいつは、日向。
真選組の女中であると同時に、俺の彼女でもある。
「沖田さん!起きて!」
上半身を起こしアイマスクをずらせば、ムッとした彼女の顔が見えた。
「なんだよ、母ちゃん。今日は日曜だぜィ?ったく、おっちょこちょいなんだから。」
「今日は水曜日!もう、どんだけ探したと思ってるの⁉ってか、お母さんじゃないし⁉」
顔を真っ赤にしながら怒る姿が可愛くてしょうがねェ。
「ほら、仕事仕事!また、土方さんに怒られるよ?」
「…ったく、しょうがねェ。」
重い腰を上げ、外へ向かった。
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外へ出ると、雪が降っていた。
その寒さに少し身を縮める。
「おせーぞ、総悟。何してやがった。」
屯所の前まで行けば、土方がこちらを睨んだ。
「すいやせん、土方さんの暗殺の準備でさァ。」
「ほーお…そりゃ大変そうだな。…殺すぞ、てめえ。」
土方が先に車に乗り込み、それに続こうと歩き出すと、後ろから声がかけられた。
「待って、沖田さん。」
2人きりなんだから、名前でもいいのに…
どこまでも曲げねぇ奴。
鼻先を赤くしながら、走り寄ってくる日向。
立ち止まって待っていると、こちらへ何かを差し出してきた。
「これ。寒いだろうから。」
差し出してきたのは、2枚の厚手の布。
「もう1つは、土方さんに渡してね。」
「はいはい。」
土方の分もあることに眉をひそめながら、受け取る。
…その時、少し苦しそうに咳をする日向。
彼女の背中に手を当てながら顔を覗き込む。
「大丈夫ですかィ?体弱ぇんだから、早く中に入ってろィ。」
そう言いながら、自分の分の布を渡すと
「これは総悟の!」
と、返された。
「俺は寒くないし、平気でさァ。だから、いりやせん。」
「駄目。風邪でもひいたら、どうするの?」
そう言って強引に持たされてしまった。
「ったく…。じゃ、ありがたく貰っていきまさァ。ちゃんと暖かくしとくんですぜィ?」
「うん。わかってる。」
「それじゃ、行ってきまさァ。」
…ギュッ
俺が車に向かい歩き始めようとした所、突然、服の裾を掴まれた。
「?…日向?」
「あっ。ごめんなさい!私ったら…」
下を向く日向の頭に手を乗せる。
ポンポンッ
「大丈夫でィ。行ってきまさァ。」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね。」
優しく微笑んだその顔は、少し、寂しげに見えた。
俺の乗った車はそのまま屯所を後にして、走りだした。
…この時すでに、期限は刻々と迫っていた。
ーあいつとの時間の期限が…
第二話 「期限」
星がでて、晴れた空。
月が淡い光を放ちながら、輝いている。
そんな星空からは、まるで桜のように雪がひらひらと舞い降りる。
空を見上げながら、その雪に目を細めた。
「そろそろ、帰るか。」
寒そうに白い息を吐きながら、土方が言うと隊士達は車に乗り込み始めた。
「沖田隊長、行きますよ?」
空を見上げていた俺に山崎が声をかけてきた。
日向から貰った布を肩に掛けながら、短く「おぅ。」とだけ返す。
不逞浪士の見廻りと言えど、油断はできない。
だが、この時は周りを見渡しもせずに車に向かった。
「…真選組、一番隊隊長沖田総悟とお見受けする。」
そのとき、暗闇から声がした。
ハッとして、振り返れば一人の浪士が刀を振りかざしてきた。
とっさに避ければ、ふわりと舞った布を切り裂いた。
斬り裂かれた布は無惨にも足元に落ちた。
「ちっ…かわしたか。」
「……おい。てめェ…なにしやがんでィ。」
切り裂いた布をしかめた顔で見ている浪士を睨みつける。
「沖田隊長!大丈夫で…」
「うわああああああ‼」
山崎が駆けつけると、浪士達は既に地面に転がっていた。
返り血を浴びながら、真っ赤な血の海に俺は立っていた。
「…さすがですね。沖田隊長。」
「…行くぞ、ザキ。」
刀を鞘に収めながら、車へと向かう。
ふと空を見上げると、さっきまで光り輝いていた月は、すっかり雲に隠れてしまっていた。
この時、何か嫌な予感が頭をよぎった。
まるで大切なものを失ってしまった後のような"あの感覚"が…
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真っ白い空間ー。
俺はその中に立っていた。
辺りを見渡せば向かい合わせに1人…
"…総悟。"
聞き慣れた声が突然話しかけてくる。
「日向⁈」
"…総悟は私といて幸せ?"
「いきなり何言ってるんでィ。…そんなの当たり前でさァ。」
"…そっか。よかった。"
日向はそれだけ言うと静かに微笑んだ。
その瞬間、淡い光に包まれて消えていった。
「ッ、日向!」
目を覚ませば既に屯所に着いていた。
…ったく、なんつー夢見てるんでィ。俺は…
プルルルルル
車から降りようとすると、着信音が鳴り響いた。
どうやら土方の携帯らしい。
「はい、土方。…近藤さんか。どうしたんだ?いきなり…」
車から降り土方の方へ歩み寄る。
「総悟?ああ、いるが…。それがどうした?……何?」
その瞬間、土方の顔が蒼ざめていった。
「…ああ、わかった。すぐに向かわせる。」
「土方さん。近藤さんがどうしたんですかィ?」
土方は静かに言った。
「…日向が大江戸病院に運ばれたそうだ。」
「ッ‼」
「玄関先で倒れているのを近藤さんが発見…」
俺は土方の言葉を遮り、車へと乗り込んだ。
運転席に乗っている隊士へ命令した。
「大江戸病院まで連れて行け。早くっ!」
「は、はい!」
嫌な予感はしていたが、まさかこんな形で表れるとは…
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バタバタバタバタ
「近藤さん!」
廊下を走っていると、近藤さんや隊士達がいた。
「総悟!」
「近藤さん、日向は⁈日向はどうなったんでィ⁉」
嫌な方向にばかり頭が働く。
我を忘れたかの様に、近藤さんに話しかける。
「落ち着け!総悟。」
近藤さんはそんな俺をなだめるように俺の肩を掴んだ。
「…日向は今どこに?」
少し俯き加減に尋ねる。
「集中治療室だ。総悟のこと、待っているはずだ。早く行ってやれ。」
近藤さんの言葉に小さく頷いた後、俺は集中治療室に向かった。
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小走りで集中治療室へと向かうと、そこには医者と思われる人が立っていた。
俺の足音に気づいたのか医者は俺に話しかけてきた。
「…ご家族の方ですか?」
俺は小さく頷いた。
「色々手は尽くしましたが、もう…。」
「ッ…!」
俺は耳を疑った。
ついさっきまで元気だったのに…
「…顔を見せてあげて下さい。」
扉を開け中に入ると、真ん中にポツンと置かれたベッドに日向の姿があった。
ベッドの傍に立つと、ゆっくりと目を開けた。
「…近藤さんの言う通り、本当に来てくれた。」
彼女は小さく微笑みながら、そう言った。
「……。」
なんで…
「…なんで、なんでもっと自分の身体を大事にしないんでィ!あれほど無理するなって言ったろィ!」
俺の声が病室に響き渡る。
日向は少し驚いたような顔をしていたが、小さい声でこう言った。
「…ごめんなさい。でも、みんなの為に何かしていたかったから。」
こんな時だってのに、まだ自分以外のやつを気にかける。
ホント…
「…ホントお前はどうしようもねェ」
俺は笑いながらそう言うと、日向も微笑んだ。
「その布、破れちゃったの?」
俺の手元に視線を向けながら聞いて来た。
「悪ィ。浪士共に切られちまった。」
「…そっか。でも、総悟が…無事でよかった。」
日向はいつものように優しく微笑みながら、言った。
俺は日向の手をそっと握った。
「…今まですまねェ。」
「…なんで謝るの?」
「今まで何ひとつ彼氏らしい事してやれなかった。お前を幸せにするって誓ったのに…。」
俯きながら応える。
「結局、お前の幸せを望んでおきながら、辛い思いをさせちまったのは…俺…。すまねェ…。」
日向は微笑みながら途切れ途切れに言った。
「…何言ってるの。私は…総悟の側に、居られる…だけで、幸せだった。」
微笑みながら言う日向の言葉にあの時の言葉がフラッシュバックする。
「…ねぇ、総悟。…顔をあげて?私…総悟とは、笑って…お別れしたい…から。」
「…ッ!」
俺は溢れ出そうになる涙を必死に堪え、顔をあげた。
「…真選組のみんなと…総悟と…出会えて…よかった。」
「…俺も…日向に出会えてよかったでさァ…。」
俺は日向の手を強く握らながら、微笑んだ。
「…やっと…笑って、くれた…。…今まで…ありがとう…」
日向はそう言って微笑むと、静かに目を閉じた。
「日向!」
俺の泣き声だけが静かに病室に響き渡った。
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主人公ちゃんは、生まれつき病弱体質って設定です。
グダグダ展開ごめんなさい…ヽ(;´Д`)ノ
