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「茜が事故ったって!?」
そう言って部室に飛び込んできたのはうちの部の部長。部長の驚いた顔に俺は驚かされ、その事実の重大さに未だ気付かずにいた。
「……え、茜先輩が…なんて言いました?」
「さっき茜のクラスの担任に聞いたけど、登校してくる途中に事故に遭って、それで何かよく分からないのよ。」
「ほ、本当ですか? 何があったんですか?」
「さぁ……それが分からないの。でも先生たちかなり焦ってたし。」
先輩が、事故。事故ってあれだよな。怪我とかするやつだよな。先輩、大丈夫なのかな。いてもたってもいられなくなった俺は、
「部長、病院行ってきます!」
と皆が止めるのも聞かずに部室を飛び出していった。先輩が心配だ。一刻も早く先輩の顔が見たい。その一心だった。
病院のめどは付いていた。俺が住む町はとても田舎で、大きな病院といったら一つしか思い浮かばなかった。学校から徒歩十五分のところにある大学病院だ。もちろん焦っていたおれは走って行った。手にはトランペットを抱えたまま。
「あっ茜先輩!」
受付で先輩の病室の場所を聞き、たどり着いた場所は病院の七階、個室病棟だった。
「……裕一くん? 何で?」
茜先輩はベッドに横になっていた。
「先輩が事故ったって……聞いて、それであの、」
上手く言葉が続かなかった。思わず俺はトランペットを握りしめた。先輩を心配していた気持ちは、いざ本人を前にすると表現できないらしい、
「ありがとう。嬉しいよ。」
先輩は笑っていた。よく分からないけど、それだけで安心した。
「あ、事故って、大丈夫なんですか?」
俺は聞いた。そして聞いてから気付いた。先輩の右腕には包帯がしてある。……もしかして。
「うん。事故…なんだよ。」
先輩の顔が暗かった。
病院からの帰り道、俺は近くの本屋に寄っていった。そこで手に取った分厚い本には、『靭帯損傷…関節に異常な力が加わり、伸ばしたり、あるいは内や外に反らしたり回したりすることを強制された場合に起こる関節支持組織の損傷のこと。接触損傷はラグビー、アメリカンフットボール、柔道、非接触損傷はバスケットボール、バドミントン、サッカー、介達損傷はスキーなどにより発症することが多く、またスポーツ以外では交通事故による接触損傷が多くみられる。』と書いてあった。
難しい言葉ばかり並んでいたが、大変な症状だということは分かった。
さっき病室で先輩は、こう言った。「私の右腕ね、靭帯損傷なの。それも複雑なんだって。だから治りにくいというか、治っても元のようには動かないかもしれないって。」そんなことを、目に涙をいっぱい溜めながら話してくれた。
正直言って、俺はどうしたらいいのか分からない。元のようには動かないって、どういうことだ?それって、トランペットが吹けないってことか?
帰り際に、こんなことも言っていたな。
「裕一くんの、そのトランペット……私ももう一度吹きたかったよ。」
翌日から、部活は俺一人での練習だった。つまらなかった。それよりも先輩のことが心配だった。何も手につかなくて、一日中先輩のことばかり考えていた。
「ん、裕一くん。昨日より上手くなってない?」
翌日の練習開始早々、茜先輩が驚いていた。
「ええ、少しコツを掴んだんで。」
「へえ、どんなの?」
「気持ちを込めるってことです。」
「それは当たり前じゃないの。」
「先輩にとっては当たり前かもしれないですけど、俺は今までそんな余裕なかったですよ。正確に吹くことに夢中で。」
「まぁ、そうかもしれないね。裕一くんは単細胞だし。」
「はい?俺のどこが単細胞なんですか?」
「ほら、すぐそうやってムキになるところ。あと、一つのことに集中し出すとなかなか止めないところ。どう見たってこれは真っ直ぐに我が道を行くタイプね。」
「ある意味プラス思考でいいじゃないですか。」
「そっかな?……まぁいいや。せいぜい頑張りなさいよ。」
俺は嬉しかった。こんな何気ない会話が凄く楽しかった。いつまでもこんな日々が続けばいいのにと思った。