如意宝珠(にょいほうじゅ)とは、仏教の言葉で、願いごとがすべて聞き入れられるという不思議な宝のたまのことです。民衆の願いを成就してくれる仏の徳の象徴とされています。


如意宝珠は、意のままに宝物や衣服、食物などを取り出すことができるという宝の珠で、サンスクリット語のチンターマニ(cintāma i)の訳です。







こんにちは植野銀月です。

久しぶりの記事投稿となります。

「玉宝庵」という新しい試みについて。


そして私が体験した不思議な夢のお話。


ご興味をお持ち頂いた方にはお読み頂ければ幸いです。

(そこそこ長文です)



色々なご縁や繋がりや流れなどがあって、昨年の4月に高野山で得度し、6月、7月と高野山で修行の機会を頂いて高野山真言宗 大師教会 権教師を補任されました。


早いもので、得度からもう一年が経ちます。

奇しくも得度の日が銀月堂オープン記念日の4月4日が重なり、不思議な縁を感じています。





京都の寺院様で修行をさせて頂いていたのですが、初夏のある日のこと。

護摩行の後、お不動様かご本尊様からのお言葉だと言うこと…。


詳しい前後、細かいルールは割愛しますが、その日から「秘仏の御開帳」までの間の“日参”の修行に入りました。


約120日ほどの日参。

市内にある銀月堂からはそう遠くないものの家からは約1時間。

そうは言っても簡単とは言えない困難なこと。




経営者でもあり、様々な仕事を抱えている私にとっては、遠出が叶わぬこの日々はかなりの制限を強いられる中での生活となりました。


そこから修行の日々は、本尊様と向き合い、自分と向き合い、自分に関わる全ての方々と向き合い、色々な思いを重ねて繋がる日々。


辛酸を舐めるような事や、実際に痛みを伴う事もありました。

その修行を知るものはごく僅か。

毎日、毎日、銀月堂の仕事の行きや帰り、または仕事の間に抜けたり、休みの日は早朝から門前遥拝…


毎日お参りするだけなのに、何の苦痛があるの?

と思われるかも知れません。

その日々の中には、どうしてそんな事が?と思う不思議な現実世界での流れや苦しさが伴いました。

それを語れる日が来るのかどうか、それはいつかのこと。

そして…




結願(けちがん)であり、ご秘仏様御開帳の二日ほど前のこと。


明け方の夢でした。


…暗闇の中。

夢の中とはいえ真っ暗な闇の中。


その中、朧げにゆらゆら、薄っすらと光が現れたかと思うとその中には金色の肌をした観音菩薩。


ただ静かに。

まったく雑音のない重い声だったことを覚えています。


(よく頑張ったな)


耳ではなく、心に直接流れ込んで来るように言葉が伝わります。


(何か、願いはあるか)

(ひとつ、その願いをかなえよう)


…こんな風にその時の出来事を書いていますが、あくまでも夢の話です。


夢の中は不思議なものです。


ある方には、もう一つの現実世界とも教えてもらいました。


日本や世界に伝わる、不思議な縁起や奇跡などの話には夢の中の話が多く伝わります。

そんな夢のひとつ、と捉えられるにはまだまだ私は未熟者かも知れません。


しかし鮮明に覚えているこの夢は、今このタイミングで語りたいと願い書き綴っています。





夢の中のお話を続けます。


…願いごと。

何か特別にしたいこと、欲しいもの、それらは何一つ思い浮かばなかったことを覚えています。

夢の中の私は、勝手に口を開くなり


「如意宝珠をお授け頂けませんでしょうか」


自分でもなんて大それた事を言ったのだろう、夢の中でもそんな感情があり少し胸のドキドキしたことも覚えています。


すると、それほど間を空けずに観音菩薩が消えいるような声でこのように告げます。


(わかった)


ユラユラ、光と観音菩薩は揺れ、次第に暗闇に包まれ消えてしまいました。


そこで目が覚め、不思議な夢を心に残し、その日の支度を始めます。


心は少し浮かれ気味。

なんと幸せな夢を見たものだろうか。

夢は安易に語るべからず、そう教わった私は喜びを一人噛み締めていました。





そこからは現実世界の話です。

いつものように出勤。

いつものような日常を送るはずでした。


詳しくは話せない、今はどうあっても話せないのですが、こんな事があるのかと言うような大変な出来事がおきました。


普段の日常は終わりました。


そこからは心は張り裂け、屈辱に屈し、不安と焦りとどうすれば良いのか、苦しみ悩む日々が訪れました。


毎日眠れぬ日々が続きます。

顔には出さず、誰かに話せず、しかし毎日明るく生きること。

とてもとても辛い日々だったことを覚えています。


そして少し話は戻ります。

通って修行とお手伝いをする寺院の、ご秘仏さまの御開帳の日が訪れます。

心は落ち着かず苦しいままでしたが、この日を迎えるために日々頑張って来たのだと思い、臨みました。


鍵が開けられ、お姿を見せて頂く順番が回って来た時に少し驚きました。


その夢の中の観音菩薩様に似ているのです。

そこで以前、住職が話していた秘仏様は滋賀県大津市にある有名な如意輪観音菩薩様をモデルとしたという話。

後ほど、スマホを開き検索して現れたその如意輪観音様の姿をみて、夢の中に現れた観音菩薩様は間違いなく、その如意輪観音菩薩様だと思いました。



意外な展開の人生、しかし次第に心は落ち着いていくもの。


毎日自宅の毘沙門天様に手を合わし必死で拝む内に、少し見えてくるものがありました。


「生きていれば」


「生きてさえいれば、なんとでもなる」


「命まで失ったわけじゃない」


「命こそ、如意宝珠なのかもしれない」



今思えば、どうにか現実を楽観したい心の現れだったのかも知れません。

しかしその想いに毎日気力が蘇り、心から笑って過ごす事が出来るようになりました。


かの昔より、人や様々な者が如意宝珠を求めたと伝えられています。

私に如意宝珠を授けくださったのかどうか、それは如意輪観音菩薩様、仏様しかわかりません。


ようやく日常を取り戻した際に、まだそれでも不可思議な流れが訪れます。

人との関わり、場所との関わりが急変。

明確に道が示されたとは言えませんが、自分の成すことが意識の中にハッキリと浮かび上がりました。



今まで以上に、もっと少しでも誰かのお悩みや苦しみを軽くしたい。

救いたい。

生きるということに、明るい希望を持って日々を過ごして頂きたい。

一人で苦しみ悩まなくても大丈夫。





そんな想いから、自分のできる事として「玉宝庵」と言う企画、小さな道場を作り少しだけ前進しています。

ぜひ、ご縁がございましたら玉宝庵と言う企画で共に「なにか」を考えてみることが出来れば嬉しく思います。


笑いあって過ごしましょう。

生きてるんやから、その命の意味を知って楽しく過ごしましょう。

私が学んできた拙いことから、生きるためのお役に立てることをお伝えします。



久しぶりのブログでしたが中々長くなり、未熟者の語る文章でオチもエンディングもありませんがどうかお許しください。



またいつかの機会に、


・三面大黒天のこと

・毘沙門天、双身毘沙門天のこと

・玉宝庵に来てくださった聖観音様のこと

・色んな不思議なこと




ご希望のお声を頂ければ、また書き綴ってみたいと思います。


それでは、今回はこのあたりで。



植野銀月こと 晴弘でした