最近、画面に頻々と表示されるナイキの広告。
「カラバリも豊富」
とあり、それを目にするたび、
私の脳内では、沢山のカピバラが走り回ります。
「カラー・バリエーション」の略語だと気付くまで、大分時間がかかりました。
日本人はどうしてこんなに略語が大好きなのでしょう。
世界に類を見ないと思います。
英語にも略語はありますが、書面上に限られることが殆どです。
長く日本を留守にしていたのですが、
帰国した祖国に、意味不明な略語ばかりが溢れていて驚きました。
「あらさー」
「すまほ」
「KY」
「くりぱ」
「まじぱねぇ」
友人や家族にいちいち確認しないと理解できません。
略語は文化のひとつだ、という意見もあります。
しかし、私には、母国語に対する「怠惰の顕れ」にしか思えないのです。
日本語はとても美しい言語です。
友人が得意気に略語を散りばめて話すのを黙って聞いていますが、内心、溜め息をついています。
略したりせず、きちんと使いこなさなければ日本人として生まれてきた甲斐がない。
もったいない。
そう思うのは、私だけでしょうか……。
今はお子さんがごく小さい頃から英語教育に熱を入れるご家庭も多いと聞きます。
東宮妃も、英語で愛子さんに話しかける時間を必ず設けているとか。
しかし、折角早期英語教育をしても、母国語という土台をしっかりさせた上で学ばせねば、なかなか実を結ばず、かえって母国語が貧弱なまま大人になってしまうという落とし穴があります。
ある日、レストランで、小学生のお嬢さんを連れて食事をしているお母さんを見かけました。
お嬢さんは、
「ママ、これ見て!」
「ねえ、これどうやるの?」
と、向かい側のお母さんに一生懸命話しかけるのですが、お母さんはスマートフォンに夢中。画面から目を離さずに
「Be quiet !」
「Who knows? Do it on your own.」
何と、英語で返事をするのです。
どう見ても両方日本人ですし、お母さんの英語発音には日本語訛りがあり、ネイティブのものではありません。
その後も、お嬢さんはお母さんの関心を惹こうと必死で日本語で話しかけるのですが、お母さんはそれを無視するか、乱暴な英語で短い返事をするのみ。
私のこころには、今でもそのお嬢さんの淋しそうな声と表情が残っています。
お受験か何かを目的とした早期英語教育の実践を、日常生活でも行っている。
つまり、教育に熱心な親御さんなのでしょう。
けれど、肝心なことを忘れていないかな。
そう思いました。
食事中はせめてスマートフォンをしまい、お子さんの目を真っ直ぐに見ること。
会話を楽しみながら食事をすること。
お子さんの質問に真剣に耳を傾け、綺麗な日本語で答えてあげること……。
極端なケースに遭遇しただけかもしれませんが、残念な光景でした。
日本には美しいものが沢山あります。
しかし、数あるなかで、私が最も誇りに思うのはこの言語の美しさです。
次世代により正確に継承してゆくためにも、もっと大事にして欲しい。
そんな風に願っています。
