masamasaのブログ -5ページ目

なんだろうなあ

もう好きなんじゃん

とおもうこともあるけれど

うーん

いやちがう

なんておもったりもする



なんかあのこはほっとけないんだよなー


携帯に無頓着なわたしが
ひさしぶりに
ながーいながーいメールをおくってしまった


なんだろう
このかんじは 


あぁ、もうもどかしい



ほんとほっとけない

その理由は。。。

わかんない

きっと彼が影を背負っているからだとおもうけれど




わたしに心開いてくれるからそのぶんわたしもこたえたいんだ


手首の傷や
じぶんをつくってにこにこしてたり
いつもいつもたすけてくれたり

そういうのみてると
胸がくるしくなっちゃう



恋愛感情とかそんなん抜きにして
あぁ もう
ほんとほっとけないんだ

わたしとは全然ちがうけど
すごく似てるんだよ

タトゥー

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初めてインドにいったときのこと



どこだっけ




ブッダガヤで知り合ったおにいさん。

ゆういちさんとかゆういちにいさんとかにーさんとか呼んでたっけなぁ

ブッダガヤからコルカタまでの列車が一緒で
ガヤー駅で列車が予定時刻にこなくて
4,5時間いっしょに待ってた


レストランで働いていた方なのだけれど
腕に見事なヒマラヤの刺青をしていた


ヒマラヤを見て
これは残したいと思っていれたそう。

温泉いけないですね~って言ったら
そういう、見方こそ崩していかなきゃーって言ってた



それ以来
なーんとなく刺青への憧れがあるのです


インドだと、カーストの名前を腕に掘ってたり
タイの若者は刺青でおしゃれしていたり

ずっと前は意識していなかった偏見があったのだけれど

じぶんのお気に入りの模様が見つかれば
小さくいれてみたいなぁとずっとおもっています

(いたいのはこわいからさ・・)


コルカタでドミが一緒だったサリーさんってひとは
ほぼ全身刺青だらけで
最初こわかったけど話してみたらすごいいいひと
やっぱ気づかない偏見はだめだなあ


じぶんが焼き付けておきたい景色や想いというものが
あれば
体にいれておきたいなーなんておもうよ

べつにおしゃれとかかっこいいとかそんなんじゃなくてさ。


一生、その体でいるわけだから
それなりの覚悟というものがいりそうだけれど

一生なんて短いしさ

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ろくぶんのに


新卒の同期6名のうち1人が鬱だった
そして
もう1人が鬱らしいときいた


しごとのことでと思っていたのだけど
本当は
お兄ちゃんが遺書を残して失踪したとのこと


わたしとおなじじゃんと思った



でもわたしは鬱にはならない

(鬱というのはきちんと定義できないとおもう
 鬱といえば鬱なのだとおもう)


じぶんに同情しちゃだめだというのは
ノルウェイの森で、僕の先輩がいっていたことだが
まったくその通りである


同書では、死は対極にあるものではなく生の延長線上にあるものだといっていたが
わたしは延長線上というよりかは
もっともっと近いものであり、すぐそばにあるものと感じる

いま生きているということがどれだけ偶然に偶然が重なり必然になっているのか

生きているというよりも生かされているのだ

これは
兄の死があったり、
インドでバスの事故に遭い頭を何針も縫い死ぬかとおもったこと
そして
学生時代に旅ばかりをしていたこと

そんな経験よりおもうことである


決してひとりでは生きられない

地球やそこにある生命によって
それぞれが生かされているのだ


生きていれば悲しいことも辛いことも、納得できないこともたくさんある
(わたしにとって兄の死はそのもっとも大きいものだが)


やはり煮え切らない想いはあるが
そういう影があってこそ
にんげんには深みがでてくるものではないだろうか



影があることにより
 いっそう光は輝くのである


ちいさい光を
 どんなささいな日常にも 
  幸せだと感じるこころを

あたりまえのことを
 あたりまえのことこそを
   あたりまえに しあわせ だとかんじること

そんなひとでありたいと想うのだ