masamasaのブログ -11ページ目

これから

しごとのめざすべきところが全然みえてこない



やめたいけれど

いまやめたらなんにもならないし


しんどいからやめたに変わりはならない



同僚がひとり鬱らしい



お金がたまったらやめる前提で就職したわけだけれど


わりきってやるにはきっとこのしごとはきつすぎるとおもう



ここのところそんなので

ずっと落ち込んでいる



常にいっぱいいっぱいで

だれとあってもうまく笑えない


会う人会う人に疲れてる顔といわれる



やだなあ



精神力はあるほうだとおもっていたのに・・・



帰りの電車で涙がでてきた


理由はしごとだけじゃないけれども






なんの責任も持ちたくないよ


わすれっぽいし

かたづけられないし


なんだか全部中途半端だ。



YO-KINGは自己嫌悪はプラスになることはないから

しないといっていた


自分のことは、せめて自分だけは肯定してやりたいけれど

ちょっと自己嫌悪はあるかもしれない



気分転換がきちんとできればかわるのかもしれないが

いつもしごとをやめようかどうかということが

頭にあり、負のスパイラルに陥る


考えることは苦手だ



考えるな感じろとはだれがいっていたのだっけ


きっと

わたしは


あのひとの


ことが


すきだ




それは


「きっと」だけど「おそらく」なのだ

ノルウェイの森

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)/村上 春樹
¥540
Amazon.co.jp

わたしは村上春樹の小説がとんでもなく好きだ。

読んでいると


サーモンのサンドイッチを作りたくなって

ビールを25メートルプールがうまるほど飲みたくなって

テニスシューズとコットンパンツで出かけたくなる。

そして、ビートルズとレディオヘッドを聴くのだ。

 (他にもアーティストは出てくるがわたしはそれらを知らない)


このたび、-何回目だろうーノルウェイの森を再読した。



人がたくさんしんじゃう話だ。



ある種のそこなわれた時間。



緑が奔放でかわいい。

直子は繊細でもろい。


受け入れられるときとかたくとざすとき。


この小説の性描写が好きだ。

えろいけれど、小説的できれいなの。



人がしんで

たまに思い出して哀しくなるけれど

それでもわたしは生を選ぶのだ



ときがたち、記憶はだんだん薄れていくけれども

ときがたつほど、思い出すそれは刻々と鮮明になっていくのだ。