屋久島って呼ばれて訪れる島って

聞いたことある❓


行きたくても、呼ばれてないと

行くことができない島


鹿児島に住んで居ても、

近くて遠い島


今回で3回目の屋久島



初めて屋久島に呼ばれたのは18歳の時

多分、1月くらいだと思う


就職が決まって、高校卒業前の1月ごろ


覚えているのは、義光じいじに誘われて

『屋久島にカンパチ釣りに行くけど、

お前も一緒に行くか?』

って誘われて、

多分、高校を初めて病欠以外で

休んだ記憶がある


『親父と魚釣りに行くから学校休みたい』

って先生に話ししたら、

担任の先生も、

『おー休め休め、親父と釣りに行ってこい!』って笑って背中を押してくれた


屋久島でのカンパチ釣りは、

夜釣りだったんだけど

海が時化てて、釣りにならないし

水深も100m超えてて、

こんな深い水深で魚なんか釣れねーだろ

って、半分船酔いもあって

途中から寝てた

結局、誰も1匹も釣れなかった記憶がある


朝になって、屋久島に上陸して

温泉に浸かって

屋久杉ランドに行ったかな


親父と2人っきりじゃないけど


福岡に就職する前の

親父との最後の魚釣り


あれっ?


そのあと、親父と一緒に魚釣りいったかな🤔




もしかしたら、これが義光じいじとの

最後の魚釣りか?





屋久島、白谷雲水峡の山道を1人歩きながら


今は亡き親父との思い出に浸る


山歩きは好き


1人での、山歩きは特に好き


自然の中で、ただひたすらに自分自身との会話


自分自身と向き合う時間


自分の本当の心の声に気づける


かけがえのない時間


歩く瞑想なのかもしれない


だけど、


じっと座ってやる瞑想より


自然の中で、


歩きながら


自分と向き合う、コッチの方が


俺は好きだし、


コッチの方が合っている👍





話は義光じいじに戻るが、


この屋久島での釣りの

9年後の15日、

義光じいじはこの世を去った


俺が27歳の時だ



その間、多分、

義光じいじと一緒に魚釣りなど

行った記憶がない



大人になって一度だけ、

義光じいじと2人で、一緒に焼き鳥屋に

飲みに行った記憶がある


何を食べたかも

何を話したかも

何にも覚えてない


だけど

義光じいじは、

本当に嬉しそうな顔をしていた


我が子と一緒に酒🍶を飲む


ただ、それだけのことなんだけど


俺が生まれてきたとき、


いつか


いつの日か


我が子と一緒に酒を飲む日が

訪れますように


多くの親が望む

夢なのかもしれない



そんな日が訪れたことが

親父には、何よりもかけがえのない

喜びだったのだろうと、


あの時の義光じいじの歳を

いつの間にか超え

我が子を授かり、

その子どもたちの成長を

嬉しくもあり


近い将来、

親元を離れていくさみしさもあり


そんな子育ての最中







岳人はもうすぐ小学生


碧生ももうすぐ幼稚園


確実に成長してる



いつか、岳人や碧生が大人になった時に

お前たちと一緒に酒を飲む日が

訪れますように


量は飲めない俺だけど

今からそんな日を楽しみにしてます


あの日の義光じいじのような顔で

しこたま酔っ払うかもしれないけど

その時は、勘弁してくれよ


それほど、お前たちとの

その日を楽しみにしてるんだから



屋久島の山を歩きながら

そんな妄想に夢を膨らませる