
二
「あっ……」
カインは足を滑らせ、咄嗟に声が出てしまった。
昨夜降った雨のせいで、足元の石が濡れていた。彼が立っていたのは、丁度彼の足と同じ大きさの石の上。片足ずつ、ふたつの石に跨って立っていた。
しかし今は、右足の膝の下を冷たい水が流れている。幸い、流れは激しくなかったため、大事に至ることはなかった。
カインは憎らしそうに、首筋を濡らした水滴を拭った。
そんなカインの気持ちなど露知らず、今度は頭上に落ちてくる。
「うわっ」
カインの体が跳ねる。反射的に、冷やされた頭頂部を触った。髪がしっとりと濡れていた。片手で頭を押さえたまま、チラリと頭上の枝を睨む。
見上げた空は雲ひとつなかった。真っ青な天に向かって、背の高い木々が伸び伸びと枝を広げている。水滴の付いた緑の葉は、日の光を反射してきらきらと輝いていた。風が吹き抜けると、ぱらぱらと雫が降り注いだ。透明の粒を全身で受けながら束の間、カインはその光景に見とれた。
砂漠の広がるこの国では、木の生えている土地が少ない。川の傍か、山でしか見ることができなかった。
緑色の髪を風が揺らしていく。麻でできた袖のない服と、膝上の半ズボンからのぞく手足を、気持ちよく撫でていく。
カインは軽く伸びをし、川の中の、水で一杯になった水瓶を、筋肉の少ない細い腕で力一杯引き上げた。
料理や飲料に使う水を、毎朝組み替える、それが彼の日課だった。
八年前までは、それは父の仕事だった。幼いカインは、時々それについて行き、川で遊んでいた。小さな魚を捕まえたり、野草を摘んだりして、父の作業が終わるのを待っていた。自分も手伝いたいと、水瓶を持ち上げようとして、転んで泣いたこともあった。両親と3人、穏やかに暮らしていた。
しかし父がいなくなってからは、毎日カインが1人で行くようになった。
14歳になった今でこそ、水瓶を1人で運ぶことは容易いが、初めた頃は、かなり苦戦していた。途中何度も休憩をし、引きずることで何とか家まで運んでいた。
それでも、母の負担を減らしたいと、1人で行くことを止めなかった。
カインは、水が並々と入って、溢れそうになっている水瓶を傾け、少し流すと勢いよく持ち上げた。
波打つ水面に光が反射する。水をこぼさないようにきをつけながら、家へ向かった。
to be continued……