日本人は、こだわりが強く、伝統の息は長い。色一つとっても、こんなに細分化して区別できるのは日本だけだと思います。
昔の人はこだわりが強いゆえに色というものが有限だと考えていたのでしょう。
しかし実際は、宇宙は広いのです。色は無限にあります。
自分の想像しうる限りでしかことが起こらないと思ったのでしょうか。
人間の浅はかな所です。
しかし、この日本文化に触れることは、世界的に見ては有益だと思います。
現代を生きる上では、文化を継承するだけではなく、広く浅く拡販し、世界に美しい文化を持つ喜び、わびさびの世界を知ってもらうことが大事だと思います。
なぜかというと、世界は精密、繊細、清潔になるべきだからです。
思いやり、節約(節水、節電、ガスを使い過ぎない、プラスチックごみを減らす)、足るを知ることを覚えなきゃいけないのです。
そのための『わびさび』であると言いたいのです。
そんな日本人だから礼儀正しく、戒めをもって自身を律することのできる人種になれたのです。
お寺にいるお坊さんのように、規則正しく自身を律して修行している人がいるから、同じ人間として恥ずかしくない行動をとることが可能になるのではないかと考えられます。
海外の方が日本の文化すべてを素晴らしく思ってくださる背景は、日本人が体現しているのではないかと思います。
時にこだわることと信じることは、一緒だったり、相反していたりします。何かを犠牲にすることでこだわれたり、何かを信じることでこだわれることがあります。
日本は世界的に見ても、戦争を放棄していたり、万物に神が宿るとされていたり、都心でも外景がきれいだったり稀有な国です。
実は、私個人としては、日本語の普及が人種差別や飢餓や戦争撲滅の助けになると思っています。同志はたくさんいると思います。日本に生まれただけでもう徳を積んでいる水準は高いのです。
もちろん海外にも優しい方はたくさんいます。しかし、日本語だからこそできることがこれからの時代に重要なのではないでしょうか。
日本語普及をうたっている事実に関して、ばかげているとか、同じ日本人として恥ずかしいとか、海外を馬鹿にしてるとかいう人もいることは分かってます。
しかし実際、英語は世界共通語になったではありませんか?どう思いますか?
いつか気づくこととして、日本を模倣した国が現れてもおかしくないとここに記して置きます。
なぜ英語が世界共通語になったかというと、言語として簡単だからであって、言語として有能だからではありません。
だれもその物差しを持ってはいません。日本人はどんな相手も拒否・拒絶することを恐れているのですから。
そしてそれは優しさ故です。どう思いますか?
とある宇宙系映画では、音楽は衰退の一途をたどると言っています。
洋楽が素晴らしいからこそ、フェイクが人の心を奪うからこそ、音楽大国は音楽を放棄しなければならなくなるのです。
ここでいう有能な音楽は日本の歌です。
最後に残るのは日本の歌です。世界観が難解で、言語歌詞も難解で(哲学を詰め込みやすい)、歌いやすい、聞きやすい曲だからです。
「美しき緑の星」という映画をご覧になってみてください。
この世のすべては波動です。水は美しい言葉の波動によって美しい結晶となります。
人々を気づかせるのも波動の力です。
あなたのDNAにもちゃんと波動があります。安心して言葉を広めてい追ってください。最後に人々の心に残る言語も音楽も国も日本です。
日本は劣ってなどいません。政治家は陰謀にまみれているかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
疑うべきは、恨むべきは、他人じゃありません。自分の波動です。
そうして優しくしていいのです。自分を信じていいのです。疑うのは信じてるからこそなのです。
矛盾は矛盾ではないのです。言葉の裏は表なのです。見せようとしなければ、隠れればいいのです。すべてを受け入れ、黙って心とお話してみてください。
政治家はお父さんです。男は見栄で生きているのです。そんなお父さんを否定する子供ですか?
誰も物差しを持とうとしません。子供は子供の世界しか、大人は大人の世界しか見えていないのです。
信じることを忘れては、物差しを持てません。
こだわることを忘れては、その物差しを持っていられなくなりますよ。
いつか、地球共通の物差しを持てた時、人は進化した、と言えるのです。