すっかり更新をさぼっておりました…
久々の更新はこのシリーズ第三弾。



われら日本人3その社会
発行日は昭和35年4月28日となっている。
相変わらずの表紙の怖さ…。

さて今回のテーマは「社会」である。世間づきあいから職場のつながり、果ては精神のよりどころとなどについても記されている。

農村のつきあい。
上「年賀をかねて新しい農業知識を語りあい、たねもみの交流をとりきめる」



下「村づきあいにはいろいろなしきたりがある。かつては家の格や身分がそれをしばり、だし惜しんでも、出過ぎても非難された。そして喜びにつけ、悲しみにつけ、飲み食いをする。手のこんだごちそうを食べる機会が少なく、冠婚葬祭にそれが集中される」

下右は市町村合併をめぐる争いの様子。



秋田県下のある合併運動とのことだが、「赤字の横手に連れ込む…」や「秋田県一の仙南…」と書かれてあるのが見えるので、多分下図の黄色部分のこと(仙南村金沢町が横手市に吸収合併)なのだろう。



それにしてもこの当時市町村合併が激しい。

こちらは出かせぎの娘さん。



「出かせぎのために、一時的に村をはなれる場合もある。そこでよその空気に触れてくる」ちなみに千葉県佐原市らしい。この娘さんは出かせぎに来たのだろうか、これから出るのだろうか。

一方、都会のアパート。



相変わらずこれくらいの時代は洗濯物の数がすごい。

社員旅行での一コマ。



この1枚に「昭和の社員旅行」が凝縮されていてとても面白い。
今は社員旅行自体も少ないし、あったとしても旅館でこのように浴衣で宴会というようにはいかないだろう。

会社も社員旅行など楽しいことばかりではない。

こちらの婦人達の掲げている看板には…



「首返せ」と…。大量に解雇されたのだろうか。

彼も失業したらしい。



ごく一般的な若者なのだろうけど(壁に貼ってある裕次郎のポスターなど)、光の加減と彼のはにかみ加減で若干不気味に思ってしまうのは私だけだろうか…。

景気のいい時代といっても、そのぶん労働力が潤沢だったため簡単に解雇されてしまうことも多かったのではないかと思う。

面白いのでもう少し続けます。




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