――話は以上です。
果たして一人としているのかどうか分かりませんが、ここまで読んでくださった方がいるとしたら、長々とまとまりがなく、「結局どういう話だったの?」という疑問符が浮かんだことでしょう。
タイトルはオタクの悪口としていますが、そして実際に、やはりどうしてもAさんに対し辛辣な論調に終始してしまいもしましたが、何だかここ最近私がAmebaブログを読んで感じたことを全部書き綴ってしまったせいで日記帳のような徒然とした感もあり……――いや、それがブログなのでしたね。
とにかく読みにくかったと思いますが、ご清聴ありがとうございました。
さて、この記事は【振り返り、補足、まとめ】の章になります。
まず言っておかなければならないとかなり前から思っていたのですが、最後も私はAさんを「本質的でない問題、他者を貶める事に注力するオタク」であると締めてしまっています。
これは齟齬を生じる表現と分かっていながら、話のまとまりを重視して言った言葉です。
二点、確認作業が終わっていない、または独自の定義で話してしまった部分があります。
『オタクは他者を貶める事に専念する精神疾患者である』
『Aさんがオタクである』
という二点です。
中盤から、この二点を決めつけて話を進める私についてこれなかった人がいるような気がします。私は自分でずっと気持ちが悪かったです。
ここに不信感が芽生えた方の誤解を解くためには、上記の順番で私独自の定義を受け入れて頂く必要があります。
つまり、私は社会問題とすべき困った人々である”オタク”を、ややフワッとはしていますが、「攻撃的で差別的、そして本質的問題を考える知能が劣悪な家庭環境や社会背景による病理のせいで奪われている、という意味での”頭の悪い人”。その上で、低質な商業主義アニメなどに現実逃避してしまった人」であると定義しています。
この定義が山本寛さんの定義と同じであるとは全く考えていません。
大体近い可能性もあれば、全くかけ離れている可能性もあります。
そして、この定義に基づけばAさんはオタクの特徴を抱えているとは言えますが、それでも一点、実は私は「Aさんがアニメに現実逃避している人物」であることを確認していません。
ですから、正確にはAさんがオタクかどうかは未だ不明なのです。
そこは話の流れを重視して端折ったところです。
しかしそこは、もはや重要ではないでしょう。
――そうだあと、山本寛の寛という字、私は最初読めませんでした。
「かん」と読むようです。ニックネームは「ヤマカン」だとか。
ご興味のある方は、追ってみてはいかがでしょうか。