私は名古屋で3人兄弟の末っ子に生まれた。

 

特に貧乏でもなく、特に親の愛に飢えることもなくすくすくと育っていた。

保育園の頃は、母親の話によると、

 

1人で園庭を走り回っている元気な子だったらしい。

 

特定の子と親しくつるむタイプではなく、

1人で遊び、気が向いたら他の友達とも遊び、気が向いたら1人で遊ぶと言う、

友達との関わりは、広く浅く。でも、自分なりに楽しく保育園生活をエンジョイしていた。

 

小学校に上がると、

世界が窮屈になった。

 

朝から夕方まで、同じ教室で、同じ先生と、同じクラスメイトと過ごす。

授業以外の時間も、皆んなの目があるから、皆んなの様子を伺って、同じことをする。

 

なによりも苦痛を感じたのが、

友達がいないと、さみしい人。

一緒に話す人がいないと、かわいそうな子。と言う風潮だった。

 

授業の合間の休み時間、私はおしゃべりする子がいなかった。

 

同じクラスに、同じ保育園だった子が1人だけいて、

寂しいやつと思われたくなくて、必死にその子に近くにいて、

同じグループだよ。みたいな雰囲気を出していた。

 

でも、その子とは、さして仲が言い訳でもなく、

話して楽しいわけでもなく、友達がいる風にだけ見せるのは辛かった。

 

退屈なんだけど、友達がいないぼっちだと思われるのはもっと辛い。

 

そんなこんなで、金魚の糞的な行動も長くは続かず、

私は1人になった。

 

いじめられるわけでもなく、1人だと、

思うことは、何で私は友達ができないんだろう。

 

なんでわまりの皆は友達と楽しく過ごせるんだろう?

楽しく話ができるんだろう?と言うことだった。

 

友達がいない私は、喋るのが下手なのかも。

いや、人よりも話が面白くないのかも。

 

あの子は、私と話している時より、あの子と話している時の方が楽しそうだ。

 

あー、皆んなと楽しく話せない私はダメなんだ。

人よりも劣ってるんだ。皆んなと同じができない。

 

皆んなが、何をするわけでもできていることが、クラスで、ただ私だけができていない気がして、とっても悲しくなった。

 

クラスの人気者のあの子は凄いんだ。

 

小学生になって、人生で初めて自分が人より劣っているという思いで苦しくなった。

 

友達がいないのはおかしい。

友達と、いつも楽しくわいわいしてるのが良い姿。

それができない人は、寂しい人。ダメな人。恥ずかしい人という価値観が、

 

自分に自信をなくす大きな原因になった。

 

その後、小学校4年生の時に、初めて友達らしい友達ができた。

 

一緒にいて楽しい。というか、私のことを面白がってくれる子だった。

 

あー自分にも友達ができるんだ!と少し安心した。

 

これで、自信を回復できたならよかったんだけど、

この後も何度も同じことで自分を責め続けることになってしまった…。

 

次回は、人生で一番の暗黒期だった、

高校〜専門学生時代の話です。