最近の若者は、脱消費志向だ、と新聞の何かの記事に書いてありました。

だから、ブランド物とか高い車とかへの執着がないんだ・・・と。


私、その典型のような人間で、免許も持ってないし(←取れる気がしないww)、

ハイブランドの洋服やバッグへの関心がそれほどありません。

大学時代よく、ハイブランドの財布に2000円くらいしか入れてない子とかいたけど、

そういうのって恥ずかしくないのかな。。


そう、私の行ってた大学(=勝ち組至上主義の国立大)+私が大学生だった時期(=リーマンショックの直前)には、

「ガンガン仕事して、ボーナスでブランド品を買いまくりたい」って言う女子とか多くて、

私みたいに、そういう生き方に興味がない人間は、

「興味がないんじゃなくて、そうなれないんでしょ?バカだから」みたいな扱い受けてたんですが、

世の中、脱消費志向の若い人が増えてるんですねww


もっとも、脱消費というより、「脱・何が何でもハイブランド」という形で、

何か、一つや二つには惜しみなく消費しながら、後のものは安く済ませよう、みたいなノリが増えてる気がします。

私自身、収集癖があるので、これまでに、ストール、時計、ヘアアクセ、、帽子、CDなどなど、

時によって、モノを変えながら、「これだけは、買っちゃう」みたいなものが常にある一方で、

それ以外のものは、基本、節約志向だし。


そんな私が、最近、買いたくて仕方ないもの・・・

それは、ずばり、フイルムです!!

普通の、35ミリの24枚とか36枚とか撮れる、ホント普通のフイルム・・・

なぜか、全然売ってなくないですか??


昔は、スーパーのレジ前の電池とか売ってる並びにいたはずなのにな・・・

どこに行っちゃったのかしら・・・


そもそも、久々にフイルムを現像に出したら、5日かかると言われました。

は???

昔は、1時間とかでできたから、ショッピングセンターとかで着いてすぐに出して、

買い物終わりに受け取りとかしてたはずなのにな・・・

ああいうお店ってどこに行っちゃったんでしょう??


デジカメの波に押されてるようです。。。

カメラ屋さんとか行かないと、ダメなのかな。

こうやって不便になると、やっぱ、デジカメの方がいいよな、1日で現像できるし・・・

って、みんながなっちゃって、また一つ、アナログなものが消えていくんだなぁ、と悲しくなったり。


資本主義経済は、買い手がいない商売はつぶれていくわけですが、

売り手がいてこそ、買い手がいる、というのも事実だと思うんですよね。

供給が需要を作り出す、という側面は少なからずあるはず・・・

だから、買う側だけじゃなく、売る側も、ホントに価値のあると思う物は、

売れなくても売り続けてほしいですよねww

それをやっても、最低限、食べていけるような社会が理想だと思います。


脱消費志向の高まりはある意味、志向の多様化、細分化ともつながってるわけで、

これからは、ニッチな需要に応えるようなモノの売り方が求められるのでは?

と、大学時代、(というか今も)商学部を敵視して、あの学部のせいで法学部が冷遇されてるんだ、

とか本気で信じていた、ひねくれものの私は思います。


よく、消費は投票と同じ、と言いますが、売る方も投票と同じだと思います。

私は、これが価値があると思うから、売ってるんです、という・・・


なので、コンビニさんや、スーパーさんにお願い!!

アナログなカメラをもっと気軽に楽しめる人が増えるように、お店の片隅に35ミリフイルムを置いてください!!

きっと、私以外にも買う人いると思うので・・・

∵ 私がトイカメラ買った、エキナカの特設会場は結構にぎわっていた。


来週末は岩手なので、また写真をいっぱい撮りたいな・・・

そのためにも、フイルムをゲットしなくては。


ちなみに、明日、そんな私の記念すべき1本目のフイルムの現像が仕上がります。

楽しみです☆


お終い♪

日々、音楽や文学がコンテンツとして切り売りされるのはおかしい!!

とか言っているせいか、自分の周りのいろんなものをアナログ化しつつあります。


元々、私、大学時代、書道部に入っていたので、

字を書くことが好きで、イマドキの若者にしては、よく手紙を書いたりしてました。

そんな私から手紙をもらった美容師さんは、「日本人で良かった」って言ってましたww

字が綺麗だから、だそうです。


そんなこともあってか、手で文字を書くことが苦になりません。

記録作成係になっている研究会でも、

調査での先方の説明や質疑、研究会での議論などなど、全部手でメモ取って、それを家でPCに打ち込みなおしてます。

まぁ、調査ではパソコン持ちこめないことも多いですし、仕方なく、って面も否めないんですが、

周りで他の人がPCでカタカタやってるときでも、手で書いて、うちで打ちこむ・・・

パソコンで取っちゃうと、慌てて打ち込んだ部分についても、読み返さずにファイルしてしまいそうなので、

手で書いたものを読み返して、整理して、読みやすくまとめることで、自分自身が理解を深めるという側面もあるから、つい・・・


そんな私が、最近、見つけたアナログアイテム・・・

それはずばり・・・

トイカメラ!!


ゴールデンハーフという、フイルムが2倍使えるお得製品で、

手のひらサイズで、軽量で、どこにでも持ち歩けるすぐれもの!


デジカメ持ってるのに、「おもちゃっぽくて可愛い☆」とつい買ってしまいました。

今となっては懐かしい使い捨てカメラ同様、自分でフイルム巻かないと次撮れないとか、

フラッシュ付いてないとか・・・

もちろん、手ぶれ補正もないし、現像屋さんに出さないとどんな写真が撮れたかわからない・・・

そんな、偶然の産物っぽさが楽しいです。


それに「トイ」って付いてるくらいなので、ホント、「ノリ」でいろんなものを撮ってしまいます。

北海道でもテレビ塔の時計の時刻が変わるのが面白くて、

「5:55」を表示してるのを見て、「あ、ビンゴじゃん!」って撮ったり、

ローカル線を撮り鉄気分で撮影したり・・・


早く現像したいから、ついつい、撮るものを探して、キョロキョロしたり・・・


デジカメは、すぐ見たいものとか、仕事上、記録にしたいものを撮るのに役立つので、

完全にトイカメラがデジカメに取って代わるということはないんですが、

それぞれに良さがあると思うんです。


周りからは、トイカメラを「ちゃっちい」とバカにされ、そういう人はi phoneで撮影してたりしますが、

私的にはi phoneで撮った写真もそれはそれで味気ないんじゃないかと思ったり。


あーー早く現像したいww

写真って、現像したのが、貯まっていって場所取るとか言って、それに引き換えデジカメは便利だわ~、

みたいな社会に完全に逆行してますww


でも、やっぱ、私、どんなものでもデータじゃなく、現物でほしいんですよ。

今、研究者の世界でも、紀要や論文集の電子ジャーナル化って、よく話題になって、

コスト面だけでなく、印刷にかかる時間をスキップして公表できるから、掲載実績が早くに作れて、

それによって、いろんな基金や公募への応募で有利になる、っていうようなメリットも言われるんですが、

どうなんだろう・・・とか思っちゃいます。


私の行ってる大学院の他の研究科で電子ジャーナル化が議題になったときの院生と大学側の協議の中で、

院生が「紙媒体で自分の論文が出た方がうれしい」みたいなことを言って、大学側がそれを「そんなくだらないこと」みたいな言い方をしたのが、

公開された議事録に出ていたんですが、「そんなくだらないこと」じゃないと思います。


特に、そこの研究科は、研究者とモノ書きの境界が結構曖昧な分野だと思うので、

他の研究科以上に、「書いて生きていきたい」人が多いはずだし、紙媒体で論文が出ることへのプライドみたいのがあると思うんです。


写真にしろ、CDにしろ、論文にしろ、今までのメディアは少なからず場所を取り、

その分の時間的、経済的、場所的、環境的コストが存在することは否めないし、

デジタル化がそういう諸々のコストを大きく削減したという実績は素晴らしいとは思います。

でも、やっぱ、場所を取るところにこそ、作る人の思いが込められているという気がしないでもない。


難しいですね。


そもそも・・・CDが際限なく増えていく私の部屋に、写真のアルバムまで増えたら私はどこにいればいいのでしょう・・・

自分をデジタル化しないと、場所がなくなるんじゃないか??

怖いww

せめて、痩せる程度で済むスペースを残しておかなければ。。


明日は、買いたいCDがあるので、CD屋さんにお出かけします。


おしまい。

さっき、8割方書けていた日記が消えました。

絶対、検閲機能ついてるよ、って思った。


書いていたのは、「大学でもいじめはあるんだ」という話です。


今日の新聞で、

いじめを苦に自殺した大学生が通っていた大学がいじめについて隠ぺい工作をして、

その結果、その学生の父親も後追い自殺した、

という記事が出ていました。


私自身、大学でいじめに遭ったので、この記事にはいろいろ考えさせられました。


ということを書いていたんです。


いじめって、幼いからすることというイメージが世間的に強い分、

小学校~高校ではいじめに対する理解や対策もある程度進み、

被害者が「いじめられている」と声を挙げられる環境や、周囲がそれを受け止める環境がある程度存在する一方、

大学では「大学生にまでなって他人をいじめるなんて・・・」という見方がされてしまうのが現実だと思います。


そういう世間のイメージの中で、

少子化で生き残りに必死な大学側としては、「わが校にはいじめをするような幼稚な学生はいません」って、隠ぺいするっていう流れもあると思うし、

そもそも、「いじめ相談室」みたいのな窓口すらもない大学が多いのが現実です。(←私の行っていた大学がそう)

また、そうした環境の中で、

いじめられてる側も、「大学生にまでなっていじめられるなんて、自分はよっぽどダメなんだ」って自己否定の感情を持ち、自分を追い込んでしまうという状況もあると思います。

私自身も、それによって、かなり荒れていた時期があるし。


で、大学生という時期にいじめを受けることがその人にどういう影響を与えるかを、

一般論や私の経験から書いたりして・・・


最後に、この日記を読んでる人は本当にすごく少ないんですが、

それでも、この日記を読んでる人の中に、

「自分以外にも大学でいじめられた人はいる。だから、自分が特別にダメな人間というわけではないのかもしれない」って考えてくれる大学生や、

「大学生でもいじめは起きうる」っていう目で大学運営を考えてくれる大学関係者、

そういう目で自分の周りの状況に注意を払ってくれる大学生・・・

という人が、一人でも出てきてくれることを願う、

というようなことを書きました。


私は、「ネットが世論を作る!」的な考えにはあまり同調したくはないし、

自分のブログも「社会派」にしたくないのが本心です。


だから、この日記に限らず、「もっとCD屋に行こう!」みたいな普段の日記にしても、

別にそれが世界を変えることなんて望んでません。


が、読んだ人が個人の感覚として、「自分以外にもこういう人いるんだ!」って思ってくれるのは、

うれしいことだと思うし、

それによって、その人の明日が何か明るくなったり、前向きになったりしたら、すごく幸せだとは思う。


だから、この先、このブログは、そういった、

もしかしたら、一人も存在しないかもしれない誰かに、「あなただけじゃない、私もですよ!」って伝えたいな、と私が思ったことについて書いていくことにします。


その手始めが、「いじめ」だったという話。


なので、この先、「いじめ」のことは書くかわかりません。

一方、「CD屋さんに行こう!」はこの先も書き続けると思います。

CD屋さんって、別に私以外にもお客さんがいつもいるので、

そういう人の中には、私と同じことを思ってる人もいるかもしれないし、

そういう人と「CDを買うのは自分だけじゃない」感を共有したいなぁ・・・と思うんで。


そんな話です。

去年の今頃のブログとか読むとホント、ただの愚痴、とか書き連ねてあって恥ずかしいんですが・・・

ちょっと、違う形で文章を書いてみようかな、と思います。


あ、ちなみに今日、

NIRVANAとpillowsを中古で買いました。

さわおさんが「NIRVANAのコピーをしよう」とJIROちゃんを誘った、という意味がちょっと分かった気がしました。


これについては、またいつか詳しく。


おしまい。