新橋から銀座にかけて裏通りを歩くと洒落た飲み屋が並んでいる。社会人になり、通勤で地下鉄の銀座で乗り換えていたので週末同僚とよくビヤガーデンに行ったものだった。初任給七万五千円、当時は結構使いでがあった。その頃建設機械の営業をしていたので毎週のように上司のお供をしてクラブ、バーで客の接待をした。世は「日本列島改造論」で建築関係の景気はよく、交際費は使いたい放題だった。深夜、バーからの帰り「〇〇君、この娘(こ)を家まで送ってくれ」なんて言われ、タクシーで送って行ったことがあった。慣れない酒で酔っており、タクシーの天井がグルグル回っていた。それに女の子の手前、車の中で吐いたらヤバいと思い、生きた心地がしなかった。国内営業を半年ほどして貿易部に配属になったが、あのまま営業をしていたらきっと身を持ち崩していたな。バブル崩壊後交際費が大幅に削減されて社用族が激減し、いまや希少種族になっている。いまは銀座に出かけることなどなく、いやすでに中国の田舎南潯(ナンジン)に戻り、部屋でひっそり紹興酒を飲んでいる。飲む相手は李白、陶淵明。漢詩を読みながら酒を飲むのもなかなかいい。ここ数年清貧の鑑のような生活を送っている。日本と中国の関係が良くなってきたら街に繰り出そうと思うが、もうしばらく様子を見てた方が無難だな。
ワールドウォッチャーの『世界に喝!』
...
