以前これと似たような記事を書いた気がする
でもまぁイイや(笑)
少し心が疲れているからかな…ガス抜きに好き勝手書きます♪
僕はこれまでの人生で結構な数のウソをついてきました
内容はどれも取るに足りないような些細なもの~そうでないもの
でも「そうでないもの」はよく思い出せないので、あまりないのかもしれない
どっちにしたってウソつくこと自体よろしくないことだから堂々と言えたことではないんだけど
このことを振り返ってみると自分という人間像と形成された過去が思い出されてくる
この些細なウソをつく癖は幼い頃からチラホラしてた
厳格な父に躾られる対象は僕ではなく、4つ歳上の兄だったが、その光景に恐怖してか、「怒られないようにする」ことがこの頃の生きる命題だったんだ
だから間違いを踏まないよう自分を守るための手段がほんの小さなウソだったんだ
でも気が付くと、何のことはない、どうでもいいことでもウソをつくことは癖になっていった
成長するにつれて「自分を守ること」によく見せたい見栄とプライドまでがのしかかってきた
生きるのが窮屈に感じるよう自分で自分の首を絞めていたってところかな
今も包み隠さない生き方なんて何故か恐ろしくて出来ない…
「裸の自分」といったものには自信がない…思い通りの成果が出せてないから
そのせいかな、様々な人との出会いを嬉しく思う一方、慣れるまでに時間が必要で変に意識して勝手にすり減ったりしてる
そしてそのことが相手に伝わって不快な思いをさせるのを最も恐れていたりするんだ
まぁでも昔に比べて楽に生きれるようになったかな…気付いたら甘えたり、褒められたりなんてない年齢になって自分を認める瞬間に飢えていたりもするけど
こう思えるようになったのは大学に入って学生寮でやたら濃い付き合いを経験したせいかな…
特に人間意外にも他人のことなんて見ていないって事実に気がつくのには時間がかかってしまった
何より誰もが多かれ少なかれこの種の「どう見られているか」ってストレスをもっていることに安心したんだ
人間本当に変わるなんて難しいけど、目指さなきゃ辿り着かないし
下らないことを書きなぐってきたけど、この先つく嘘は、自分のために何かを裏切るようなものじゃなく、ヒトを幸せにするための優しい嘘だけにしたいものです
というかこの場合、根本的に嘘をつくことのない生き方を誓うべきなんでしょうけどね(笑)