甲の罪責

1 丙から100万円の小切手を受け取った行為

(1)ア この行為について、受託収賄罪(1971項後段)の成立可能性がある。

() 甲は、警視庁A警察署地域課で職務を従事する警視庁警部補であるから「公務員」に該当する。

() 「賄賂」とは、公務員の職務に関連する不正の報酬としての一切の利益をいう。

 本件での100万円の小切手は、丙が告訴した名誉棄損・信用棄損の事件(以下、「本件事件」)の捜査を進めてもらうために、供与しているのであるから、不正の報酬としての利益にあたり、「賄賂」に当たる。

() 「職務に関し」の要件を満たすためには、職務として行い得る一般的抽象的な範囲にあればよく、かつ職務と密接に関連する行為であればよいと解する。賄賂罪の保護法益は、職務の公正だけでなく、社会一般の信頼も含まれるので、一般的抽象的範囲にある職務に対して、利益の供与があれば、そのことが、社会一般の信頼を害するためである。

 本件では、甲は、警視庁A警察署地域課で職務に従事しているものであり、丙が賄賂を渡したのは、警視庁B警察署地域課での事件についてのものである。もっとも、両方とも、東京都が管轄するもものであり(警察法64条参照)、その職務権限の範囲は、一般的抽象的には同じくするものといえる。したがって、本件の「賄賂」は、「職務に関し」たものである。

() 「請託」とは、公務員に対して一定の職務行為を依頼することを指す。本件では、丙が本件事件の捜査を進展させることを、甲に対して依頼しているのであるから、同要件を満たす。

イ これらのことから、甲には、受託収賄罪が成立する。なお、甲に公務執行の意思がないことを理由に、同罪は成立しないという考え方もあり得るが、私は、公務執行の意思という要件は不要であると考える。なぜなら、賄賂罪の保護法益には社会一般の信頼も含まれるため、職務執行の意思の有無は関係がないためである。

(2)ア 次に、同行為について、甲に詐欺罪(2461)の成立可能性がある。

() 甲は、本件事件について、職務執行の意思がないにもかかわらず、金銭を渡せば、本件事件についての捜査を進めるかのように丙に対して思わせている。このことは、財物の交付に向けられた欺罔行為であるといえるため、「人を欺いて」の要件を満たす。

() 前述の欺罔行為を受けて、丙は、金銭を渡せば本件事件の捜査を進めてもらえると思い、100万円の小切手を渡している。このことから、甲は丙に対して「財物を交付させた」といえる。

ウ これらのことから、甲には詐欺罪が成立する。

2 甲が丙に対して、逮捕することをほのめかして、100万円を交付させた行為

(1)ア かかる行為について、収賄罪の成立可能性がある。

イ 甲が「公務員」であること、100万円が「賄賂」に当たり、それを甲が「収受」したことは明らかである。

 そして、丙を逮捕することは、甲の職務権限の範囲内にあるといえるから、「職務に関し」の要件も満たす。

ウ よって、甲には、収賄罪が成立する。

(2)ア 次に、同行為について、恐喝罪(2491)の成立可能性もある。

イ 「恐喝」とは、財物交付に向けられた犯行抑圧に至らない程度の暴行、脅迫のことをいう。本件では、甲は丙に対して、100万円を渡さなければ贈賄罪を理由に逮捕することを言っている。これは、金銭を交付しなければ相手の身体を拘束することを告知するものであり、財物の交付に向けられた害悪の告知といえ、「恐喝」にあたる。

 そして、これを受けて、丙は畏怖し、100万円を甲に交付しているのであるから、甲が丙に「財物を交付させた」といえる。

ウ よって、甲には恐喝罪が成立する。

3 罪数

 これらのことから、甲には、受託収賄罪、詐欺罪、収賄罪、恐喝罪が成立し、受託収賄罪と詐欺罪で観念的競合(541項前段)、収賄罪と恐喝罪で観念的競合となり、その2つが併合罪(45条前段)となる。

乙の罪責

1 丙から向島の料亭で約10万円分の供応を受けたことについて、収賄罪の成立可能性がある。

2(1) 乙は、東京都C市のC市教育委員会職員であるため、「公務員」に該当する。また、「賄賂」は金銭に限らず、人の需要又は欲望を満たす利益であっても含まれるのであるから、本件の丙からの供応も、「賄賂」に当たり、それを受けているのであるから「収受」にも当たる。

(2)ア 本件で、丙は、乙に対して、乙が警視庁B地域課で勤務していた時期にお世話になったことを理由に、もてなしをしている。しかし、供応を受けた当時、乙は一般的職務権限を異にするC市教育委員会職員であったのだから、「職務に関し」の要件を満たさないかに思える。

イ このことについて、「職務に関し」てのものといえるためには、公務員の現在の抽象的職務権限に属する必要はなく、過去の職務権限内の行為に関するものであれば、それで足りると解する。公務員の異動は日常茶飯事であり、特に当該職務を直前まで行っていた場合は、公務に対する社会の信頼を害する危険性が生じているからである。

 本件では、確かに、乙が受け取った「賄賂」は、現在従事している職務とは一般的抽象的権限を異にするものであるが、過去に従事していた時期があり、それに対応する「賄賂」であるので、「職務に関し」ての賄賂を受け取ったといえる。

3 よって、全ての要件を満たし、収賄罪が成立する。

丙の罪責

 甲に対して、100万円の小切手を渡したことについて、「賄賂」を「供与」したといえるため、贈賄罪(198)が成立する。

 また、乙に対して、約10万円分の供応をしたことについても、贈賄罪が成立する。

 甲に対して、100万円を送付したことも、同要件を満たし、贈賄罪が成立する。