潜在化している意識がそうさせるのか、全くの偶然なのか。
8か月後僕は旅に出ていました。普通列車だけで東北を巡る旅。三陸鉄道で東日本大震災の被災地を巡り、その被害の大きさ、復興のたくましさを目の当たりにし心動かされました。
そして青森を巡り、秋田から山形米沢駅。
米沢駅の駅頭に大きな立て看板が立っていた。そこには「縄文の女神」が大写しになっている。
えっ!5体あることは知識として知っていたけれど、その1体がここにあるの?早速駅内の観光案内所で聞いたみたら、それはここではなく、山形市の山形県立博物館の有るとの事。
早速、山形市へ移動しました。そして県立博物館はどこにある?
それは山形駅から歩いてすぐの所に有ったのでしたが、時間は夕方5時を過ぎていてもう閉館しているとの事。すぐに駅前のホテルをとって翌日に訪問の予定をたてました。
山形駅から徒歩で15分ほど。霞城公園のなかにそれはあります。平日で、しかも前夜雪が降り人影はまばら。博物館の常設展示場の奥にしっかりと存在していました。
その姿は毅然とした雰囲気、洗練された造形。何かを語りかける姿。そこには強くはっきりとした製作者の意思が感じられます。美しい。
「縄文の女神」



