根性論を語るおっさんが若者に嫌われ
根性論そのものが否定されてるらしい。
私は徒弟制度的な世界で育ったので
師匠や先輩の呑みの席での話なんて
殆どが気合で乗り切ったとか、ユンケル呑んで
徹夜したとかの類で、実際自分もそんな事をしてきた
し、「プロレススーパースター列伝」みたいなもんで
ファンタジーな話だと思えば目くじら立てる事も無いと
思っている。聞いときゃいいんです。
酒場の与太話なんて人生のファンタジーなんですから。
そもそも根性だけて渡れるほど人生甘くない。
根性論を語るおっさんが若者に嫌われ
根性論そのものが否定されてるらしい。
私は徒弟制度的な世界で育ったので
師匠や先輩の呑みの席での話なんて
殆どが気合で乗り切ったとか、ユンケル呑んで
徹夜したとかの類で、実際自分もそんな事をしてきた
し、「プロレススーパースター列伝」みたいなもんで
ファンタジーな話だと思えば目くじら立てる事も無いと
思っている。聞いときゃいいんです。
酒場の与太話なんて人生のファンタジーなんですから。
そもそも根性だけて渡れるほど人生甘くない。
子供の頃、近所に元は屋台のラーメン屋さんだったという
おばあちゃんが一人でやってるお店があった。
お品書きは中華そばと学生そばの二つ。
僕らは一杯30円の焼豚の載っていない学生そばをもっぱら食した。
お腹がすくと出かけて、全然更新されない何年も前の醤油染み
がいたるところについた漫画本を読みラーメンを待つのだった。
ある時、高校生のクラブ帰りの集団と出くわした。
礼儀正しく『ごちそうさまでした。』と一人一人おばあちゃんに
お金を払いながらお辞儀してゆく。
小学生の僕は不思議な気持ちになった。
何故、お金を払って『ごちそうさまでした』と言うのか?
その後、家が商売をやってる同級生にその話をしたら
『それ常識だし、礼儀だろ!』みたいな事を言われて
小学生の僕の脳は完全にこじれてしまった。
僕は食堂でお金を払うときに『御馳走さま』とか
『ごちそうさん』とか言ったことがない。
親からもらったお金でラーメン食ったのだから
親に御馳走さんというべきだし。
そんなの『常識でも礼儀でもない』50年以上僕は
そう思っている。
例えそれが社交辞令と考えても基本的に店の奢りじゃないんだし
『御馳走さまでした』はねえだろう。
コンビニで温めて貰った弁当を受け取って
『家に帰って御馳走になるね!』なんて言ったら
変な人扱いされるだろう。
小学生からずーとこじれてしまった僕は
おつりを貰うときに『ハイどうも!』と言ったり
口パクだけでお辞儀したりしている。
それでも還暦過ぎのじじいですから
馴染みのお店じゃ『美味しかった、又来るねえ』なんて
言ったりはしてますんです。
誰が言い出したのか知らないけど絶対常識でも礼儀でもない。
僕はそう思う。
それにしてもこじれているのかな僕は?
僕の大先輩が亡くなった。
録音技師の親方で数々の名作にクレジットされている。
部門違いの僕を随分と可愛がってくれた。
多分、直属ではない気安さからなのだろう
友人のように接してくれた。
生意気盛りの僕は調子に乗って失礼な事ばかり
していたような気がする。
通夜に集まった同世代の大先輩たちは
まるで居酒屋にでも居るような佇まいで
ご家族に遠慮する事もなく、生前の大先輩の面白エピソードを
語り、酒をあおった。
そのうちにご家族も加わり、通夜とは思えぬ故人を偲ぶ宴に
なった。
しんみり感なんてどこにもない。
故人の素敵な家族と物作りを通して出会った仲間達。
末席にいた僕には故人の笑顔が見えた気がした。
先輩、見事な人生でした!!