先週、友が亡くなった。
数年前まではバンドの練習の時にはよく遊びに来ていて、
私が社会人バンドを始めるきっかけとなった人だった。
練習以外の時にも時々会う仲だった。
もう返事が返ってこないことはわかっていても、
お疲れさまでしたと一言LINEしたい気持ちを抑えるのが辛い。
友人は2年間の闘病生活を送っていた。
私が最後に連絡を取ったのは昨年の5月16日だった。
LINEのトークルームには友人からの具体的な治療の内容が流れている。
5月16日は妹と同じ誕生日だからその日になると友人を思い出し、
おめでとうなどと言って連絡を取ったりしていた。
半年ほど前、その友人と親しくしているバンド仲間のKさんから私に電話があった。
闘病生活とは別の理由で、
その友人と連絡を取ることを避けた方がよい事情があるという。
詳細は避けるが、その理由はすぐに想像がついた。
その話を聞いてからは、私からは友人に連絡を取ることは控えた。
体調も改善に向かい、問題の事情も解消され、
友人の方から連絡が来ることを期待した。
だが、友人から連絡は来ることなく、旅立った。
Kさんからの訃報で知った。
友人は私に、よく「ありがとう」と言っていた。
最期のLINEもムーミンのキャラクターで「ありがとうございます」だった。
友人は、私より10歳くらい年上の女性だ。
彼女はいつも明るく、人を笑わせ、
困っている人がいると放っておけない姉御肌だったが、
本人が一番困っているようにしか見えない少し変わった人だった。
彼女の周りには彼女に頼らなければどうにもならないような人たちが常に沢山いた。
精神上の話ではなく、物理的に沢山いた。
闘病前、時々自宅に遊びに行ったときなどは、家族以外の人が大抵5人はいた。
何故かそこに住んでいる人もいた。
路上生活者に声をかけ家に入れて食事を与えしばらく住まわせていたという武勇伝は、聞くところによると序の口らしい。
とにかく尋常じゃなかった。
他人のために自分を犠牲にすることが大好きな人だったように思う。
彼女は何かの際にはちょくちょく連絡をくれていた。
ここ2年は闘病生活で、それどころではなかったかもしれないが、
いざ困った時にはそれでも連絡が来た。できる限り応えた。
だが、私がKさんからあの話を聞いたくらいの時期からは、
彼女からの連絡も途絶えた。
きっと周囲に迷惑をかけてはいけないという思いから、
自ら多くの人と連絡を絶ったのだと思う。
きっと私もその一人だったのかもしれない。
周りに迷惑をかけまいと最期まで連絡を絶つことを貫いた友に、
お別れのメッセージなんかを自己満足でLINEして、
友の努力を無駄にするわけにはいかない。
弔問にも行けない。
家は引っ越して何処に行ったのかも判らないという情報しかない。
仕方がないので、ここに日記を書くしかない。
Yさん、本当にお疲れさまでした。
どうか安らかにおやすみください。