入院13日目

本日は朝から大忙し。
0830に起床。しかし、転院先のリハビリ病院とのアポがとれたため、0900に
母と長男が急遽面談へ。今週木曜日の院長会議にかけられ、正式に転院日が決定する模様。

そのまま、面談終了後、父の面会へ。朝から調子がよく、会話が弾む。
ついでに転院先との面大も済ませたといったら、喜んでいた。
今週末には転院できるかと本人は空回り。全くシステムが分かっていない模様。

母と長男は1100に病院を後にする。長男はスーツ作りと本返却のため大学へ。
本返却はできたが、なんとスーツが春夏ものはまだ品数が少ないためということで、
来週再度、日本橋へ。

1600に長男は面会へ。リハビリの途中だったらしく、エレベータ横に車いすに
乗った父がいて、驚いてしまった。なんとか車いすには座れているようだ。
しかし、最近計20分程のリハビリでも疲れてしまい、すぐに眠り込んでしまう。
部屋に戻ると間もなく寝てしまったため、一旦帰宅。

夕飯を食べて、1930に母と長男が面会へ。夕飯は完食したらしい。
そして、確実ではないが左下肢に筋肉収縮が見られるようだった。
母が臀部裏にそのような反応を見つけた。これが、本当であるなら
非常に喜ばしいことだ。家族も積極的に屈伸をサポートしていきたいと思う。

明日から長男は検査入院。さて、小腸カメラなんぞ、どのようにして撮影することやら。
麻酔かけないと厳しい。
入院12日目

本日は長男は朝からバイトのため、父の情報は得られず。
ただ、1500から転院先、今後の予定の概要を面談で決めたらしい。
そして、その際、もう元の状態に戻ることはない。
営業は辞めた方が良いと正式にドクターから告げられたらしい。
父は本当に辛かっただろう。

1900、しかし、バイト後に面会に向かうと、
父は非常に明るく振る舞ってくれていて、安心した。
とんでもなく落ち込んでいると思ったからだ。
そして、会社の方がまた面会にいらしてくださった。ありがたい。
少しでも気持ちを切らさずにリハビリするためには、
やはり会社の方が来てくださることが一番だと思う。

復帰するという目標は常に捨ててほしくはないが、
まずは健康第一でがんばってもらいたい。

そういえば、バイト先に檀れいがきた。長男がキャラメルマキアートを
作った。
明日は、日本橋高島屋にてスーツを作る予定。

父は、今日はとても辛いことを宣告されただろうし、
その辛さは恐らく本人にしか感じることのできないものだと思う。
30年間積み上げた時間があっという間に奪われたようなものだから。
しかし、今日感じた。病室で父を囲んで、家族で笑いを絶やさずに
話ができることも幸せじゃないのかと。
父の性格もこの2週間で多少変わってしまった部分もあると思うが、
これだけ心から家族で話ができたこと久しぶりだと思う。
こんな時間も大切だ。
入院11日目

今日は、母が退職の手続きをするため、1030から市民会館に向かう。
したがって、いつものごとく一人で面会に向かうということはない。
代わりに次男が面会に向かう。父はよく眠れたようで、体調が良いようだ。
1200から母と長男が面会に向かう。会社の方からいただいた花を飾るため、
花瓶を持参する。たしかに、今日は顔つきもしっかりしており、目がきちんと
見開いている。リハビリの効果が大きいと言われる1ヶ月という時間も、多くは
残されていないので、面会の時はひたすらトレーニングだ。
長男はずっと、足の屈伸を手伝っていた。
そうしているうちに次男は大学入学内定者パーティーがあるらしく、病院を後にした。
母と長男も昼食の時間になったので、一旦帰宅。

1400、鎌倉パスタに向かうと、黒田エイミ家族がいた。

帰宅して、母は再度面会へ。
この間もトレーニングを続けていたらしく、次に長男が1830に面会に向かうと、
父はヘトヘトになっていた。せっかく面会に行ったのにほぼ話さずに終わった。
ここで、電子辞書を持ってくるように言われた。

帰宅後、母と長男の2人で寂しい夕食をとる。お好み焼きだ。
普段は父がするのに、今日は母が作る。
夜は、スケートが中継されていた。
久しぶりに浅田麻央がミスなしで滑りきった。
しかし、結局安藤美紀が優勝。。。
次男は帰宅が遅く、結局終バスには間に合わず、2340に迎え。

先ほど、電子辞書を持ってこいとのことだったので、父の会社用バッグを
探っていると、いろいろな家族の写真が出てきた。長男が昔起こした事故の
手紙や次男からの誕生日の手紙も入っていた。なんだかそんな写真を見ていると泣けてくる。
普段は感じなかったけれど、父はそれほど家族を愛していたのかと熟感じる。
それと同時に元気そうな父の姿にも泪してしまう。
早く回復しておくれ。みんな待っている、今の家には父が必要だ。