コロナ休校になる前の2月、私はいかに学校が嫌いか書いていたようだ。正直書いたという行為さえ覚えていなかった。私の中には1月から2月末までの記憶はほとんどない。それほど辛かったようだ。
毎日死にたいと強く思っていた。駅のホームで飛び降りたい衝動に駆られたり、学校の三階の窓が開いているとき手をかけたくなったりしていた。身体はそう動くのに脳は規制する。この矛盾に酷く苦しんだ。
よく泣いた。なんで泣いているのか分からないが、ふとした時に涙がこぼれ落ちた。電車の中で泣き出すこともあったから、周りから不思議がられたことだろう。
それでも私は学校に通い続けた。もはや見えない何かとの意地の張り合いだった。身体が重すぎて歩くスピードはいつもの1/2になり、通学時間も長くなった。休めるもんなら休みたかった。ただ休む勇気がどうしても持てなかった。
なぜ休めないのか、それはこんなに苦しんでいながらも自分よりもっと苦しんでいる人がいる、なのに自分が休むのは甘ったれている、と考えるからであろう。良いようにいえばストイックだが、邪魔な性質である。
こういう時、勉強が頭に全く入らない。耳はちくわになり、脳は全く動かない。笑えない。助けを求めることもできない。そうする気力がなくなる。
案の定、テストでは自己最低点を叩き出し、さらに自己嫌悪に陥った。かなりの悪循環。
私は本気で学校を辞めようと思っていた。学校辞めて少し休んで、バイトから始めいずれ働こうと心に決めていた。親にも学校辞めたいと言っていた。案の定止められたが。
そんな時朗報が入った。