別に思想とか持ってないんだよ。
今風に言うとノンポリなわけだよ。
この高度なギャグで笑えたら君は私の仲間だ。
初老の紳士、台所ぬめりだ。
新宿でガソリンを被った男のニュースが流れたじゃないかね。
そこまで国を思っていた男を政界に送り出せなかった我々の責任は語らぬとして。
もしも、【世界一下品で残酷な人でなし写真賞】があるとしたら、ダントツでグランプリな写真が溢れている。
どんな男だったのか。
それくらい知ってやろうと思いブラウジングしていたら、そんな写真ばかりだった。
撮るのは良い。
その瞬間の狂気じみた興奮は、人ならあるだろうから。
それを多くの人に見せようと思う思考が恐ろしいよ。
クラッシックファンから批難轟々だと思うのだがね。

ショパンの【別れの歌】と【ノクターン】。

これ、ショパンで構成されたコンサートで、続けてやらないじゃないかね。

そりゃ世紀の天才だって手を抜く時くらいある。

これ前に作ったかなー?似てるけど面倒だからいいかなー?ってやっつけ仕事する時もあるよ。

そんな話をすると烈火の如く怒るクラッシックファンとの戦争は続く、台所ぬめりだ。

わりと我慢強いのは自覚していた。

そこらへんの気合気合と、ことあるごとに言う似非コンジャラーズより根性もあると自覚していた。

ただ、胸骨骨折したままで普通に暮らしていた自分には、ちょっびり驚いてしまった。

いや、折れてたんだよ胸骨。

少し前にフルコンタクトの空手の大会があってさ。

久しぶりに選手登録料払って出てみたんだ。

そこそこ勝ち上がって、腿がパンパンになったから棄権したんだよ。

そっちの痛みには苦労していた。

ケアもしていたし、思ったより早く腫れも引いて喜んでいた。

今朝、なんとなく勢い良く寝床から起き上がってみたんだ。

ズキンと痛む。

ああ、そう言えば違和感あったなー、と。

でもフルコンタクト空手って、胸を全力で殴るものだから、そこの痛みに無頓着だったんだよ。

もう年齢も年齢だからちょっこら調べてみるかと。

空き時間にレントゲン室に行って一枚パシャリ。

折れてたって寸法だ。

まあ、こんな所は処置のしようがない。

放置して自然治癒させるだけなのだが、これだけのハートの強さ。

もっと何か生かせる生業があったんじゃないか?と考えてしまったよ。
日本語学校の講師って面白いのだね。
異文化交流における心のストレスに関して話す依頼があったんだよ。
要するに、他国の文化と自国の違いにストレス感じるじゃないかね。
そのすり合わせる心構えを説く形だったのだ。
普通に話していたら、私の日本語の発音が良かったらしく、そっちに質問が集中した。
考えてみると、正しい日本語を心掛けての生活。
そりゃ二国語を話せるようになった人々の微妙にズレてしまう発音よりテレビに近いのかも知れない。
それで日本語の説明ばかりしていた。
【雅】って言葉あるじゃないかね。
それは授業でも質問しただろう?
もう聞いているだろう?
しかも後ろで聞いている講師に一度説明されているだろう?
って【雅】について聞かれて困ったよ。
講師の面目潰してしまうんじゃと心配しながらも、シンプルに噛み砕いて解答した。
ただ、雅なんて日本人でも使わないじゃないかね。
だから、こんなの覚えなくても問題ないよと言ったのだけは失敗だった。
そういう言葉こそメシの種らしいのだ、日本語学校って。
講師が苦虫噛み潰したような顔をしていた(笑。
若い中国の若者が、私の国では【雅】は【カラス】です!と妙に困った顔していたのも面白かった。
この国は少し思い出が多すぎるので、海外エグゾダスを本気で考えてしまった。
6/17

いつもは入れない日付け。

入れたくもなる。

暑い!

暑いのだ!

これが海藤君のテリトリーだったら即ビヒュ~ンだよ。

魂抜かれてるよ。

そのくらい暑い暑いと呟いてしまう。

諸君、天気が悪い日ほど水分補給に注意してくれたまえ。

私うっかりしていて軽い脱水だ(枯)

あの子はイカした眼鏡っ子でお馴染み、魯山人先生いるじゃないかね。


美味しんぼで有名になった。


私、魯山人センセーに触れたのが、陶器からだったのだよ。


小学生の頃だから、まだ美味しんぼは始まっていなかったと記憶している。


だから偏屈な右翼だと思ってだね。


毛嫌いしていたのだ。


何かに固執している人物は、小学生くらいの年齢だと偏屈な頑固親父に見えるじゃないかね。


子供に好かれる個性ではない。


この年齢まで来て、偏屈=素敵な生き方に変化しているから、目に入った魯山人センセーの本を読んでみた。


あの眼鏡っ子は面白い。


思想が凝り固まっているようで、ニュートラルに物事を見て、その結果が排他的に見えているのだ。


洋食否定する為に海を渡るとか最高だ。


あの時代に養殖技術の抱える問題点とか分かっているとか、どれだけ本気で旨いもん食いたかったんだよって話だ。


現代っ子の諸君なら常識として知っているであろう、生き物の美味しさは餌で決定してしまうって現実。


それを計測する機器の無い時代に到達していたりする。


それでいて野菜の味は寒暖差が大切とか、農業の基本も分かっているのだ。


うまい物にケチつけて、さらに旨い物を食おうとする卑しんぼだと思っていたが、考えを改めねばだ。