商売人魂
3月に実家に帰ったときの事。
うちの親父の話。
もう86歳で、親父というよりおじいちゃんです。
大正生まれです。
おかんが、昨年末に特別養護施設に認知証の為に長期入所
してからは、毎日ポツンと店番してますわ。
でも夫婦とは、不思議で別々になったとたん、今まで元気やった
親父も体調が悪くなったりと、元気がないです。
親父は、戦争に出兵した日がたまたま終戦記念日で
そのまま、豊岡に帰りました。
出兵までは、学徒動員で伊丹の工場で飛行機の部品を
作っていたみたいです。
8人兄弟の長男やったので、家を継ぐ事がほとんど強制的
やったみたいです。
当時は、長男は家を継ぐのが当たり前の時代だったみたいです。
自分のしたい事は、我慢して家を継ぐ。
いまの時代には、こんな事少ないと思います。
そして宮岡商店という醤油屋を戦後から営んで今日まで商売してきました。
それ以外にも、親父のお父さん、僕からみたらおじいちゃんと
戦後の復興には木材が必要になるとの事で、豊岡周辺の山々を
歩き、山と購入しては、販売していたそうです。
いまで言う、木材ブローカー??
最近まで、この話をしらなかったんですが、以前お盆に帰省した際に
床瀬 という山奥においしい蕎麦屋さんがあると聞き、車で行った時に
昔は、このあたりんの山をよく歩いたと話したことで初めてしりました。
おかんも初めて知ったようで、びっくりでした。
親父は、昔から、人の悪口を言わない、無口でした。
酒を飲むと変わりますが。
よくしゃべる。。
ここは、遺伝してるかと。。。
そんな親父ですが、醤油屋ではあんまし儲かってなかったです。
おかんは、毎日家計のため自宅でミシンをつかい年中無休で
鞄を縫う内職をしていました。
まわりと比べると、貧乏でしたわ。
幼いころは、それが普通やったのでなんとも思わんかった。
でも、大きくなると他の家にあるもんが、うちにはない。。
そんな連続やったけど、別にそんなもんやと思ってた。
貧乏で親をうらんだ事もあったけど、いま思い出すと両親に
悪いことしたな。。とつくづく思います。
でも、この両親の子供でよかったと、思ってますわ。
うちの息子は、将来僕と同じ気持ち持ってくれるかな??
親ばかです。。
醤油屋は、今も親父が細々とやってます。
ほとんど趣味的な商売やと思いますわ。
でも、3月に帰った時に親父つれて、おかんに面会に行き
その帰りに、そこの店によってほしいと。
その店は、買い物袋とか店舗で使う袋なんかを販売している
店でした。
この店もレトロでした。。
親父いわく、乾物屋やと。。
その店で、一升瓶を入れる袋を200枚購入しました。
親父、まだまだ醤油を売る気持ちをもってるんやと。。
自分がしたい商売ではなく、ただ家業を継いだ。。
でも、あきらめない、お客さんがいる限り、売り続ける。。
なんか、凄いなと。。
これが、商売人の魂なんかな??
親を超えたつもりでも、なかなか親をこえる事はできないですな~
超えたと思ってるのは、子供の自分だけやな。
親はいつまでたっても親ですな。
親父の商売に対する、気持ち、心、魂の凄さをふと思い出しました。
最近、事務所一人でバタバタしてるけど、そんなもん寝る時間削ったら
なんとかなるでしょう。。
親父の事、思い出しさらに頑張らんとあかんなと思いましたわ。
どの親も偉大ですわ。
親のもとでは、子供は一生子供ですな。
グレートファーザーですな。
うちの親父の話。
もう86歳で、親父というよりおじいちゃんです。
大正生まれです。
おかんが、昨年末に特別養護施設に認知証の為に長期入所
してからは、毎日ポツンと店番してますわ。
でも夫婦とは、不思議で別々になったとたん、今まで元気やった
親父も体調が悪くなったりと、元気がないです。
親父は、戦争に出兵した日がたまたま終戦記念日で
そのまま、豊岡に帰りました。
出兵までは、学徒動員で伊丹の工場で飛行機の部品を
作っていたみたいです。
8人兄弟の長男やったので、家を継ぐ事がほとんど強制的
やったみたいです。
当時は、長男は家を継ぐのが当たり前の時代だったみたいです。
自分のしたい事は、我慢して家を継ぐ。
いまの時代には、こんな事少ないと思います。
そして宮岡商店という醤油屋を戦後から営んで今日まで商売してきました。
それ以外にも、親父のお父さん、僕からみたらおじいちゃんと
戦後の復興には木材が必要になるとの事で、豊岡周辺の山々を
歩き、山と購入しては、販売していたそうです。
いまで言う、木材ブローカー??
最近まで、この話をしらなかったんですが、以前お盆に帰省した際に
床瀬 という山奥においしい蕎麦屋さんがあると聞き、車で行った時に
昔は、このあたりんの山をよく歩いたと話したことで初めてしりました。
おかんも初めて知ったようで、びっくりでした。
親父は、昔から、人の悪口を言わない、無口でした。
酒を飲むと変わりますが。
よくしゃべる。。
ここは、遺伝してるかと。。。
そんな親父ですが、醤油屋ではあんまし儲かってなかったです。
おかんは、毎日家計のため自宅でミシンをつかい年中無休で
鞄を縫う内職をしていました。
まわりと比べると、貧乏でしたわ。
幼いころは、それが普通やったのでなんとも思わんかった。
でも、大きくなると他の家にあるもんが、うちにはない。。
そんな連続やったけど、別にそんなもんやと思ってた。
貧乏で親をうらんだ事もあったけど、いま思い出すと両親に
悪いことしたな。。とつくづく思います。
でも、この両親の子供でよかったと、思ってますわ。
うちの息子は、将来僕と同じ気持ち持ってくれるかな??
親ばかです。。
醤油屋は、今も親父が細々とやってます。
ほとんど趣味的な商売やと思いますわ。
でも、3月に帰った時に親父つれて、おかんに面会に行き
その帰りに、そこの店によってほしいと。
その店は、買い物袋とか店舗で使う袋なんかを販売している
店でした。
この店もレトロでした。。
親父いわく、乾物屋やと。。
その店で、一升瓶を入れる袋を200枚購入しました。
親父、まだまだ醤油を売る気持ちをもってるんやと。。
自分がしたい商売ではなく、ただ家業を継いだ。。
でも、あきらめない、お客さんがいる限り、売り続ける。。
なんか、凄いなと。。
これが、商売人の魂なんかな??
親を超えたつもりでも、なかなか親をこえる事はできないですな~
超えたと思ってるのは、子供の自分だけやな。
親はいつまでたっても親ですな。
親父の商売に対する、気持ち、心、魂の凄さをふと思い出しました。
最近、事務所一人でバタバタしてるけど、そんなもん寝る時間削ったら
なんとかなるでしょう。。
親父の事、思い出しさらに頑張らんとあかんなと思いましたわ。
どの親も偉大ですわ。
親のもとでは、子供は一生子供ですな。
グレートファーザーですな。